〈登場人物〉
出雲 陸(20) 主人公
いずも りく
池田 花梨(21) 陸の元クラスメイト
いけだ かりん
清水 翼(21) 陸の元クラスメイト
しみず つばさ
佐々木 恵子(21) 陸の元クラスメイト
ささき けいこ
前田 篤(21) 陸の元クラスメイト
まえだ あつし
米川 卓(21) 陸の元クラスメイト
よねかわ すぐる
井上 夏美(21) 陸の元クラスメイト
いのうえ なつみ
飯田 真司(55) 陸の元担任 あだ名は「イダセン」
いいだ しんじ
〇教室(回想)
黒板に大きく描かれた文字。〈さようなら 池田花梨さん〉
光が差し込み教室がオレンジ色に染まっている。
うっすらと遠くで聞こえる蝉の声。
ゆっくりと教壇の上に立ち、生徒を見つめている教師(イダセン)。
深刻な表情の生徒。
少し重たい空気が教室内に流れている。
イダセン 「え―みんなも知っての通り今日で池田とはお別れだ。 来月からは県外の学校に通う事が決定している。 なかなか会う機会も少なくなって寂しくなるとは思うが……」
陸 「寂しくなんかね―よ」
イダセンの話を割って、ぶっきらぼうな態度でつぶやく陸。
視線を窓の外に向けている。
花梨が少し悲しげな表情で、隣の席の陸を見ている。
イダセン、声を荒げて、
イダセン 「出雲、冗談でもそんな事言うもんじゃない!」
しばらく教室内に沈黙が続く。
コホンと一度咳払いをする教師。
イダセン 「じゃあ最後に池田からみんなに挨拶をしてもらおう、池田」
花 梨 「はい」
よく通る声が教室に響く。
席を立ち上がり、上靴の音を鳴らしながら壇上に向かう花梨。
短めの髪がふわりと揺れる。
自分の横を通り過ぎる花梨を横目でちらりと見る陸。
何かよからぬことを思いついたような表情。
口元をにやりとさせ、机に突っ伏す。
イダセンに会釈をして教壇に上る花梨。
姿勢を正してクラスメイトの顔を眺める。
花 梨 「…………」
机に突っ伏している陸が視界に入る。
表情が少し曇り、話し始めるタイミングを逃してしまった花梨。
清 水 「おい、もしかして陸泣いてんじゃねーの?」
米 川 「んな訳ね―だろ、陸だぞ。 どうせ泣いているふりして驚かせようとしてるんだよ」
ひそひそと生徒が話し始め、自然と陸の方に視線が集まる。
イダセン 「おい、静かにしろ」
イダセンが目で合図を送り、コクリと頷く花梨。
少し前に一歩出て。
花 梨 「私はこの五年四組が大好きです。 ほんっとうに毎日が楽しくて、気がついたらあっという間に一日が終わってるような、そんなクラスでした。 飯田先生は俺をいたずらで騙せたら、宿題をなしにしてやるぞーとか言って全然先生っぽくないし」
真剣な表情から笑みがこぼれて、柔らかい印象になっているイダセン。
花 梨 「恵子はいつも怪しい黒魔術の本を読んでるし、前田は給食の時間になるとおかわりする為に人が変わったように早く食べるし、あと米川の机の奥からカビ付きのパンが出てきたり、夏美が水槽を落として割っちゃったり」
教室にどっと笑いが起きる。
次第に生徒の表情が明るくなっていく。
花 梨 「そして……」
一瞬、陸の方を見る。
瞳を潤ませてまた視線を戻す。
花 梨 「あと一年で卒業なのに急に転校する事になっちゃってすごく残念だけど、私にとってこの五年四組で過ごした思い出は一生の宝物です。 みんな…本当にありがとう」
涙声になりながらぺこりと一礼をする花梨。
拍手が教室に鳴り響く。
泣いている女子も何人かいる。
イダセン 「よし、みんなからも池田にお礼を言おう。 全員起立!」
椅子が一斉に引かれて、床とこすれる音。
陸以外の全員が起立をする。
机に突っ伏したままの陸。
イダセン 「ん? おい出雲」
生徒が陸の方を見る。
清 水 「おい陸、池田に挨拶するぞ。 ほら立てって」
後ろを振り返り、陸に声をかける清水。
全く反応がない。
よく見ると体がぷるぷると震えている。
清 水 「お前……」
教室がざわざわとし始める。
周りの生徒が心配して次々に声をかける。
びっくりした様子で教壇から見ている花梨。
その体勢のまま、聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で。
陸 「うるせぇ……」
生徒たちが陸の元にかけよってくる。
陸にピントが当てられ、他の生徒たちがぼやけて見える。
時間が止まったように陸以外の生徒の動きが止まる。
実際よりもはるかに多く、陸を呼ぶ声。
エコーがかかった様な声で次第に大きくなっていく。
陸 「うるせぇ……うるせぇ……」
ぼそぼそと繰り返す陸。
さらに声は大きくなる。
震えている陸の体。
急に机をばんっと叩き立ち上がる。
教室内、沈黙。
涙でくしゃくしゃの顔。
両手で耳を塞ぎながら。
陸 「うるせぇーーお前なんかとっとと転校しやがれ!」
大きな声が響く。
〇一人暮らしの陸の家 寝室(2010年 現在)
急にベッドから起き上がる陸。
汗をびっしょりとかいて、息が乱れている。
カーテンから漏れている光。
雀の鳴き声が聞こえる。
おもむろに手を伸ばし、近くにあるケータイを手にとる。
しばらく画面を凝視する。
再びベッドに勢いよく仰向けになり、無造作にケータイを近くに置く。
天井を眺めている陸。
ケータイの画面が光ったままに。
〈メール受信BOX 清水良平 明日は約束の日、覚えてるよな?〉
× × ×
陸 「タイムカプセル……か」
サブタイトル 『第1話 やり直したい過去がある』
〇電車内(翌日)
電車が揺れる音。
(本日はご乗車頂きありがとうございます……)
車内アナウンスが聞こえる。
遠足に向かうであろう小学生がリュックサックを背負って、楽しそうにはしゃいでいる。
端の座席に座り、その光景を遠めに見ている陸。
手すりに肘をつきながら、ぼーっとした表情で、
陸(語り)「心のもやがとれずにいる。あの時こうすればよかった、あんな事をしなければよかった。 思い通りにいかなくて後悔というものとして残った時、それはじわじわと自分自身を蝕んでいってるような気がしてならない」
〇改札
切符を入れて改札を通る陸。
駅の出口に向かう。
〇小学校 校門前
足早に歩いていく陸。
遠くに校門が見える。
ざわざわと話し声が聞こえて人だかりができている。
こちらに気づき静かになると、誰かが勢いよく走ってくる。
ある程度の距離になって清水だと認識する陸。
清 水 「陸ーーーー」
暑苦しい顔が次第に近くなり、抱擁を求めるように手を広げている清水。
陸を抱きしめようとする清水。
しかし空をきる。
冷静に清水の抱擁をかわす陸。
あっけに取られ目を丸くしている清水。
清水を指差してげらげらと笑う陸。
清 水 「このやろー陸、久しぶりじゃねーか」
陸 「おう」
お互い手を軽く握りコツンと当てる。
陸(語り) 「俺は多分恐れている…………果たして自分があれから前に進めているのかという事に」
〇小学校 裏庭
勢いよくスコップが地面に突き刺さる。
前 田 「よいしょっと」
地面に穴を掘る前田。
前に飛び出たお腹を気にもせず、俊敏な動きをしている。
その前田の周りを男女含め十人程が囲んでいる。
ざっと旧友を見渡す陸。
陸 「なーんか、何も変わんねーのな。 みんな」
清 水 「そうでもないぞ」
清水に視線を向ける陸。
清 水 「ほら、夏美なんかもう二人も子供がいるみたいだし」
陸 「まじかよ! くーっ、昔はちょっとエロイ事言っただけで涙目になってたような奴なのに、今じゃママとはね」
清 水 「俺らが知らないだけで変わってるんだよ、きっと」
清水がその場にしゃがみ込み、穴を掘っている前田を見つめる。
清 水 「お、陸。 一度確認してみろよ」
陸 「は? 何を」
清 水 「前田だよ、前田。 もし昔と変わってなかったら後ろからカンチョーしても、あの名言を吐くはずさ」
陸 「はは・・・・・・なるほど。 で俺にやれと」
清 水 「かつてスナイパーと呼ばれていた男の実力がなまっていたら、話は別だけどな」
陸 「まさか」
自信に満ちた表情で前田の背後にしゃがみ込む陸。
前 田 「ふーっ、なかなか出てこないな」
額の汗を拭い、作業を続ける前田。
前田の尻が上下に揺れる。
その様子を凝視している陸。
陸 「今だ!」
陸の二本の指が前田をとらえる。
スコップを動かす手が止まる。
前 田 「うっ……さばの…味噌…煮……」
苦しんでいる前田。
腹を抱えて笑い転げる清水。
続けて笑う陸。
お互い顔を見合わせて、
清 水 「変わってない」
陸 「痛さを紛らわす為に、好きなおかずを言うところ」
何とか立ち上がり、スコップを振り上げる前田。
前 田 「陸ーこの野郎!」
陸 「待て前田、話せばわかる。 てかスコップはまずい」
陸を捕まえようとする前田。
その光景を見て余計に笑い転げる清水。
夏 美 「あ、タイムカプセル」
夏美が前田の掘っていた地面を指差す。
(一同) 「え?」
それぞれ騒いでざわざわとしていた空気が、一瞬にして静かになる。
× × ×
何重にも袋を被せたタイムカプセルが地面に置かれる。
砂が沢山こびり付いて、袋が茶色くなっている。
(一同) (おーっ!)
全員が歓声をあげて、目をきらきらと輝かせている。
前 田 「へへっ、これは僕が掘ったんだぞ」
腕を組みながら自慢げにしている前田。
みんな、前田を無視してタイムカプセルに近づいていく。
一人ぽつんと残された前田。
前 田 「お……おい」
袋をやぶって中身を取り出す陸。
黄色い箱が姿をあらわす。
ふたの表面に
(6年4組☆ タイムカプセル)
と書いてある。
その周りにそれぞれの生徒のメッセージや名前が書いてある。
自分の名前を発見する陸。
メッセージも何もなく、ただ飾り気のない名前が書かれているだけ。
陸 「(もっと何か書けよ、俺……可愛げのない小学生だな)」
ふたを開けるとその裏側に
(米川竜也です)
と大きな字で書いてある。
みんながそれを見て爆笑する。
清 水 「米川ーお前、一人だけ目立ちすぎだろ」
清水が隅の方にいた米川を連れて来て、その文字を見せる。
米 川 「あれー俺、こんなこと書いたっけな」
首をかしげて照れている米川。
笑い声が響く。
清 水 「ホント久しぶりだなーお前、今なにやってるんだよ?」
綺麗にセットされた髪、さわやかな笑顔。
高そうなスーツを身にまとっている米川。
米 川 「あぁ、ある事業を始めたんだけどそれがいい感じでね。 必ず米川カンパニーを実現させてみせるさ」
清 水 「米川カンパニーって小学校の頃、言ってた……何かお前なら本当にできそうな気がしてきた……」
一方、真剣な眼差しで一人タイムカプセルに書かれた文字を見つめている陸。
一瞬表情が曇りため息を吐く。
それに気づく清水。
米川との会話を中断して陸の方へ向かう。
清 水 「陸!」
急に声をかけられて、ふと我に返る陸。
清 水 「何やってんだよ、早く中の手紙とりだそうぜ」
陸 「あぁ……すまん」
箱の中にある、青い袋で包まれたものを取り出す陸。
破ると中から透明な袋がでてきて、その中に沢山の手紙が入っている。
陸 「よし、じゃあ配るからな」
一人一人、手紙を渡していく陸。
手紙の差出人の名前を見つめる陸。
(佐々木 恵子)
陸 「今日、恵子は来てないのか?」
夏 美 「うん、見てないよ」
陸 「そっか、じゃあ後日渡しに行ってくるわ。 俺だったらまだこんなだし時間あるから」
夏 美 「了解」
にこっと笑うと少し離れた女子が集まっている方へ歩いていく夏美。
みんなそれぞれ手紙を開けて、盛り上がっている。
陸も自分宛の手紙を封筒から取り出す。
突然、ちりんと陸の耳に鈴の音が聞こえる。
音の鳴る方を見ると、塀の上から首に鈴を付けた黒猫が陸を見ている。
視線を逸らさない黒猫。
不思議そうな顔をしている陸。
陸 「何だよ……」
にゃーっと返事をするように鳴く黒猫。
再びちりんと鈴の音を鳴らして、すばしっこく去っていく。
ぎらぎらと太陽の光が当たる。
しばらく一人、何もしないで突っ立っている陸。
気を取り直して手紙を開け、ゆっくりと読み始める。
(未来の出雲陸へ やっほーお元気ですか? 俺の事だからどうせあんまりいい仕事してないだろ。 過去の俺はお前の事がすごく心配で夜も眠れないよ。笑)
苦笑いを浮かべる陸。
陸 「(やっぱ馬鹿だな……俺)」
(夢は? 友達はちゃんといる? あと正直一番心配なのはこの事だけどさ……お前まだ花梨の事、抱え込んでない?)
急に真剣な表情になる陸。
(わかってると思うけど、俺あいつにひどい事言ったんだ。 お前なんかとっとと転校しやがれーって。 本当は転校して欲しくなくて仕方がなかったのにさ。 ほんと馬鹿だよな俺って。 その後いつの間にかあいつの席は空いたままになってて、もう会う事も謝る事も出来なくなった。 なぁ十年後の出雲陸はもっと頭よくなってるよな? もう花梨に謝ってるよな? 俺はお前を信じるよ。 ま、そうゆう事だから。 元気でやってくれよな。 じゃーなバイビー)
手紙を仕舞う陸。
近くの木でセミが鳴いている。
ぼうっとそれを見つめる陸。
× × ×
ゆっくりと歩き出す。
楽しそうに話している夏美の方へ近づく。
陸 「なぁ花梨は今、何してるか知ってるか?」
夏 美 「あぁ花梨ね。 今、東京で一人暮らししてるよ。 仕事が忙しくていつ帰って来れるかわからないんだって」
陸 「そっか……東京か」
夏 美 「何? 花梨に会おうとしてるの? そっかー二人とも、仲良かったもんね。 あ! あたし連絡先知ってるよ。 教えたげよっか?」
いじわるそうな目をする夏美。
複雑な表情の陸。
陸 「いや、いいよ。 さんきゅ」
夏 美 「そう……」
少し残念そうな夏美。
再び歩き出しながら、
陸 「みんなー」
大きな声で呼びかける陸。
陸の方に注目する一同。
陸 「悪い俺、今日は帰るわ」
驚く一同。
陸に近づいていく清水。
清 水 「は? 何言ってんだよ陸。 まだこの後、飯も食いに行くんだぜ」
陸 「あぁ……悪い」
清水の前をそそくさと通り過ぎて行く陸。
苛立っている清水。
陸を睨み付けながら、
清 水 「池田の事か?」
沈黙の後少し遅れて、
陸 「そんなんじゃねーよ」
小さくつぶやき、校門に向かう陸。
離れていく陸をみつめる清水。
〇小学校 校門前
とぼとぼと出て行く陸。
陸 「会える訳ねぇよな」
しばらく歩いて立ち止まる。
小学校の方を振り返って、
陸 「一番、変わってないのは俺か……」
〇恵子の家 玄関(数日後)
インターホンを鳴らす陸。
普通の住宅街の中、一際異彩を放つ大豪邸。
がちがちに固まっている陸。
陸 「(なんつー家だよ、あいつお嬢様だったのか……いかん緊張してきた)」
きょろきょろと辺りを見渡し、明らかに怪しい陸。
インターホンから声が聞こえる。
恵 子 「はい」
どきっとする陸。
陸 「あ…あの、出雲という者なんですけど恵子さんはおられますか?」
恵 子 「出雲?」
恵子だとわかり急に安心する陸。
陸 「恵子か……ったく変に緊張したぞ。 お前タイムカプセル開けれなかっただろ? だから手紙もって来てやったんだよ」
恵 子 「帰って、今忙しいの」
予想外の返事に一瞬とまどう陸。
しかし手馴れたように状況を立て直して、
陸 「そうか恵子は忙しいのか。 せっかく駅前のコロッケ屋で出来たてホカホカのやつを調達してきたってのに。 仕方ない、これは俺がおいしく頂いて……」
陸が話し終わる前に、目の前の門が大きな音を立て勝手に開いていく。
呆然とその光景を眺めている陸。
陸 「はは…単純だな、あいつ……」
苦笑いを浮かべ玄関へと入っていく。
〇同・客間
クラシックが心地よい音量で流れている。
陸と恵子を挟む大きなテーブル。
恵子の目の前に陸から預かった、手紙が置いてある。
コロッケを満面の笑みで食べている恵子。
部屋着とは思えない高そうな黒いサテンのドレスを身にまとい、椅子の上にだらしなく
あぐらをかいて座っている。
陸 「(一体どこが忙しいんだよ…)」
呆れた様子でその光景を見ている陸。
視線に気付き一瞬、陸の方を向く。
全く感情のこもっていない口調で、
恵 子 「あ、久しぶり」
よっと軽く手を挙げるとすぐに食べるのを再開する。
また満面の笑みに戻る。
陸 「俺さぁここ最近、小学校の時の色んな奴に会ったけど、お前ほど変わってない奴は知らんぞ」
恵 子 「あんたに言われると何かむかつくわね」
コロッケを食べ終わり口を拭きながら、冷静な表情に戻る恵子。
恵 子 「それに……」
一瞬、遠い目をする恵子。
独り言のようにぼそっと、
恵 子 「全く何も変わってない訳じゃない……」
お互いしばらく無言になる。
なり続けていたクラシックの音が余計に大きく聞こえる。
少し重たい空気。
陸 「けどお前、やっぱ身長の低さは相変わらずだよな」
大げさにげらげら笑って空気を変えようとする陸。
急に立ち上がる恵子。
ドレスをひらひらと揺らし、無言で陸の元に近づいていく。
目の前でぴたりと止まる。
ぱーんと強烈な音が響く。
× × ×
恵 子 「大トカゲのムニエルでいいわね」
陸の返答を聞く前に、扉を開けて客間を出て行く恵子。
陸 「なんつー怪しいものを食わそうとしてやがるんだ、あいつは……」
赤く手形の跡がついた頬を手でおさえながら、打ちひしがれている陸。
ふーっとため息をつく。
室内を眺める陸。
高そうな絵画や骨董品が沢山置かれている。
その中で周りと全く釣り合ってないファービー人形が一体、一際違和感を放出しながらぽつんと置かれている。
くすっと笑い不思議そうに首をかしげる陸。
ふと一部を見つめる。
陸 「本棚か」
椅子から立ち上がり、本棚に向かう。
色んな分野の難しそうな本が並べられている。
自分には理解できないと顔をしかめる陸。
視線を下に向けると、同じようなタイトルの本が沢山ある事に気付く。
(黒魔術の基本)
(黒魔術の儀式)
(黒魔術 禁断の書 過去に戻る方法)
陸 「過去……」
一冊の本を手に取りまじまじと表紙を見ている陸。
大きな魔方陣が描かれている。
首をかしげながら、
陸 「たしか黒魔術って西洋で生まれたって聞いた事があるような……」
著者の名前が目に入る。
(山田太郎)
こけそうになる陸。
陸 「完全に日本人だよな……山田太郎……怪しすぎる……」
苦笑いを浮かべる陸。
半信半疑でゆっくりとページをめくる。
ぎっしりと埋め尽くされた細かい文字が姿を現す。
しばらくして突然、本をめくる手の動きが止まる。
そして目の色を変えて再び再開する陸。
ページをめくる速度も速くなり黙黙と読書を続けている。
なり続けるクラシック。
× × ×
急にドアが開き、恵子がケーキと紅茶を持って入ってくる。
びくっとなる陸。
本を手に持ちながらあたふたしている。
陸 「あ…これはその……」
テーブルにケーキと紅茶を置き、椅子に腰掛ける恵子。
恵 子 「座ったら?」
さっと、陸に椅子に座るよう手を差し出す恵子。
手に持っていた本を元の位置に戻し椅子に腰掛ける陸。
しばらく沈黙が続く。
紅茶を一口含み、カップを皿の上に置く恵子。
ふーっと軽く息を吐きながら、
恵 子 「さて一体、何を見てたのかしら?」
手に顎を乗せて、いじらしい目で陸を見つめる恵子。
目線を下に向けている陸。
しばらく経って意を決したように、
陸 「なぁ……」
恵 子 「ん?」
真剣な眼差しで恵子と目を合わせる陸。
陸 「黒魔術は過去に戻る事ができるのか?」
お互い沈黙。
突然、時計が大きな音を立てて鳴り出す。
針は三時を指している。
恵 子 「結論から言うと可能よ」
真剣な表情の恵子。
動揺している陸。
恵 子 「正確には過去に戻るというよりも、現在の意識を過去の自分に憑依させるのに近いかしら」
陸 「憑依?」
恵 子 「ええ、魂を移動させるの。 そうすれば自由に行動する事ができる、つまり自分の思うように過去を作り変えれるって事。 理解?」
陸 「あぁ……」
強張った表情の陸。
恐る恐るもう一度、恵子を見て。
陸 「それは……俺にもできるのか?」
恵 子 「ええ……できるわ」
恵子の口元がゆっくりとそう動く。
急に人が変わったように声を荒げて、
陸 「教えてくれ、その方法を!」
ゆっくりと席を立つ恵子。
窓の近くまで歩きカーテンを開ける。
やわらかな光が差し込む。
蝉の鳴き声が聞こえる。
近くにある木の下のほうに、ぽつんと蝉の抜け殻が置かれている。
それを眺めながら、
恵 子 「ねぇ、蝉は自分達が土の中にいた時の事を覚えているのかしらね……成虫になってから残り少ない時間を後ろを振り返る事なく生きていけてるのかしら……」
黙ったままの陸。
恵 子 「出雲……あんたを動かすものは一体、何なの?」
陸 「やり直したい過去がある。 それがこの先、自分が生きていく上で大きく関わっているような気がするんだ」
恵 子 「そう……じゃあ変わりに何かを犠牲にする覚悟はある?」
陸の方を振り返る恵子。
空気が変わる。
光が当たってあまり表情が見えない。
陸 「一体、何を?」
恵 子 「あんたが仮に8月25日に戻りたかったら、その日までの8月1日から8月24日のどれかの日に戻る事が出来る。 ただそれを指定する事は出来ない。 そして8月25日を迎え26日の0時になった瞬間、意識は儀式を行った元の時間に帰ってくる」
ゆっくりと陸の方へ歩いてくる恵子。
恵 子 「新たに生まれた一ヶ月以内の記憶が、周りの世界を完全に書き換える事になるの。 自分も他人もね」
陸の目の前でぴたりと立ち止まる恵子。
恵 子 「元の世界に戻ってきた時、恐らくあんたは二つの記憶を持っている。 けど時間が経つごとに元々あった本当の記憶は薄れて、最終的には完全に忘れてしまうわ。 それがこの黒魔術の呪い。 犠牲よ」
言葉を失う陸。
顔がひきつっている。
恵 子 「それでも過去に戻りたい?」
陸の脳裏によぎる声。
過去の陸の声 「寂しくなんかねーよ」
頭を抱えている陸。
またしても声。
過去の陸の声 「うるせぇーーーーお前なんかとっとと転校しやがれ!」
沈黙。
ゆっくりと顔を上げる陸。
陸 「あぁ……もう決心はついた」
落ち着いた表情の陸。
ふーとため息を吐き本棚を指差しながら、
恵 子 「あんたがさっき勝手に読んでた本、貸したげるわ。 書いてある通りに実行すれば儀式は失敗しないから」
陸 「そうか、じゃあ借りてくよ」
席を立ち上がり、本棚から本を取り出して鞄に入れる陸。
そのまますたすたと玄関に向かう。
陸 「悪かったな」
声をかけて歩いていく陸。
恵 子 「私は一応、確認したからね」
陸 「あぁ、感謝してる」
遠くなる陸を見ている恵子。
急に陸の足が止まる。
こちらを振り返って、
陸 「なぁ、お前は黒魔術を何に使うつもりなんだ?」
椅子に体育座りをして、片方の手を猫のように手招きしながら、
恵 子 「コロッケ持ってきたら教えてやらんでもない」
陸 「あほ」
きびすを返して、片手を挙げながら玄関を出て行く陸。
ドアがばたんと閉まる。
× × ×
席を立ち、音楽を止める恵子。
室内が急に静かになる。
恵 子 「変わりに何かを犠牲にする覚悟はある? だって、ほんと我ながら笑ってしまうわね」
本棚の前に立ち一冊の黒魔術の本を手に取る恵子。
その本を眺めながら、
恵 子 「彼が望むのなら仕方がない……けど今の私には必要ないわ」
その本を近くにあったごみ箱にぽいっと投げ捨てる。
恵 子 「あなたもそう思わない?」
突然、ちりんと鈴の音が聞こえる。
奥から一匹の黒猫が現れる。
にゃーっと返事をするように鳴く黒猫。
恵 子 「翔太……」
〇一人暮らしの陸の家 寝室(数日後 深夜)
(1、 本術は、友引を迎える日に行う事)
真っ暗な部屋。
ケータイを見る陸。
〈8月12日 (金) 23時50分〉
確認し終わると、そのままケータイの光をカレンダーに近づける。
〈8月13日 (土) 友引〉
ごくりとつばを飲む陸。
(2、 部屋は6畳以内の四角形でなければならない)
入り口のドアの前に立ち、全体を見渡す陸。
一人うなづく。
(3、 部屋に人口音が聞こえてはならない)
張り詰めたような静けさが、部屋に流れている。
(4、 戻りたい日付を墨で書いておくこと)
用意していた半紙を机の上に置く陸。
墨汁をすずりの上にどくどくと垂らして、手に持った筆につける。
書き始めようとした手がぷるぷると震えだす。
再び元の位置に筆を引っ込め墨を付け直す。
陸 「(あの日を忘れるわけないだろ……)」
勢いよく半紙の上を筆が滑っていく。
半紙の上に書かれた文字。
〈2000年 7月23日〉
ふーっと息を吐き、額に流れる汗を拭く陸。
(5、 蝋燭一本を部屋の中央に置き、明かりをつける)
中央を占めていた小さいテーブルを壁際に寄せる陸。
そのスペースに蝋燭を一本立てる。
ポケットからライターを取り出し、蝋燭に火をつける。
真っ暗な部屋にやわらかな一つの火がともる。
しばらくその火を眺めている陸。
時間がない事に気付き慌てて、作業を進める。
(6、 友引を迎える瞬間【0時0分0秒】、戻りたい日付を書いた紙を持って目を閉じ呼吸をしてはいけない)
ケータイで時間を確認する陸。
〈23時58分〉
半紙を手に持ち、仰向けにベッドに横になる陸。
体をだらんと伸ばしリラックスさせる。
ふと横を見ると蝋燭の火がゆらゆらと揺れている。
その火を眺めながら、
陸 「俺、これでよかったんだよな……」
ぼそっとつぶやく陸。
ケータイの画面を見る。
〈23時59分〉
体の向きを元に戻し天井を見つめる陸。
全く何も聞こえない空間。
陸にだけ聞こえる、激しい心臓の高鳴り。
急に、手の中でケータイのバイブレーションが二、三回鳴る。
そしてすぐに鳴り止む。
あらかじめ設定しておいた、友引を迎えたという合図。
ゆっくりと目を閉じる陸。
深呼吸した後、息を止める。
× × ×
ケータイの画面。
〈8月13日 (土) 0時2分〉
静寂を切り裂いて、急にベッドから起き上がる陸。
陸 「はぁ……はぁ……」
激しく呼吸が乱れている陸。
少し落ち着くと肩を震わせながら、
陸 「はは……」
不気味に笑う陸。
急に立ち上がり電気をつける。
部屋が息を吹き返したかのように明るくなる。
カーテンを勢いよくあける。
火がついたままの蝋燭を見つける陸。
さらに笑い声は大きくなり、気が狂ったかのように、
陸 「はっはっはっはー」
腹を抱えて大笑いをする陸。
立ったまま壁にもたれ掛かり、
陸 「やっぱ俺は馬鹿だ……そんな事あるわけねぇよ……」
そのままベッドに歩いていく。
その瞬間、激しい胸の痛みに襲われる陸。
そのままばたんと床に倒れ込む。
陸 「うっ……」
うつろうつろな目がゆっくりと閉じていく。
意識を失う陸。
× × ×
〇真っ白な世界
陸の意識がゆっくりと目覚める。
周りは真っ白で何も存在しない。
何故か体が宙に浮いている感覚がある。
流れに身をまかせている陸。
急に目の前から一つの情景が飛び込んでくる。
教室。
人の動きを確認できる。
天上ほどの高さからそれを眺めている陸。
不意に自分の姿を発見する。
恐らく小学校五年生の自分。
授業中にも関わらず、机に突っ伏し爆睡している。
がやがやとおしゃべりをしている生徒達。
段々、音が鮮明に聞こえてくる。
イダセン 「おーい、静かにしろ」
生徒の注意をこちらに引き付けるイダセン。
白のチョークで書かれた文字の下に、黄色のチョークでアンダーラインを引く。
イダセン 「えーつまりもののかさの事を体積と言い、一辺が一センチの立方体の体積を一立方センチメートルと言います。 体積を計算で求めるには公式があって立方体は一辺×一辺×一辺で答えが出て来ます。 では直方体を求める公式はなんでしょう?」
一斉にイダセンから当てられないように目線をそらす生徒達。
黒板の隅に書いている日付を確認するイダセン。
イダセン 「じゃあ今日は7月6日だから出席番号6番の……」
ぐおーと突然、教室中に響く大きないびき。
空気が変わる。
しばらく経って再び話し始めるイダセン。
イダセン 「そう……今日は7月6日。 なので出席番号3番、出雲陸。 答えなさい」
生徒一同(日付全く関係ねぇー)
陸に視線が集まる。
なおも起きない陸。
花 梨 「ちょっと陸、あんた当てられてるよ。 早く起きろって」
隣の席から焦りながら、無理やり陸をたたき起こす花梨。
何とか席を立ち上がらせる。
目を擦りながらまだ寝ぼけている陸。
陸 「ん……おう、花梨おはよう」
陸の態度を見かねてすかさず同じ質問を繰り返すイダセン。
イダセン 「さぁ、出雲。 直方体を求める公式は何だ?」
陸 「えーと、直方体は……」
言葉に詰まる陸。
小声で陸に向かって答えを教える花梨。
花 梨 「たて×横×高さっ!」
寝ぼけた顔でちらっと花梨の方を見る陸。
はっきり聞こえなかったのか、首をかしげている。
まぶたが開いたり閉じたりして、なんとか起立の姿勢を保っている陸。
陸 「たて×横×……」
答えが分からず苦しんでいる陸。
ふと教室の入り口の方に目をやると少年柔道県大会優勝者の藤川が、机の下で隠れて
ダンベルを使い筋トレをしている。
真剣な表情で、算数の授業に似つかわしくない大量の汗をかいている藤川。
はっと何かに気付く陸。
次第に自信満々に満ちた表情になる。
ゆっくりとイダセンの顔を見て、
陸 「……気合!」
途端に教室が静かになる。
唖然となっているイダセン。
そのタイミングで授業終了のチャイムが鳴り響く。
沈黙。
花 梨 「ぷっ……」
緊張の糸がとけたかのように一斉に爆笑する生徒一同。
花梨もお腹を抱えて笑っている。
いまいち自分が何を言ったのか寝ぼけて実感がない様子の陸。
イダセン 「よし、わかった。 お前はたて×横×気合で直方体の面積がもとめられるんだな? 出雲は次の授業までに、宿題の算数ドリルの答えを普通の公式とお前の言う公式の二通りを書いて提出しろ。 それとこの後、職員室に来い! 以上だ」
我に返り、青ざめた顔で突っ立っている陸。
なおも笑い続けている生徒達。
× × ×
無表情でその様子を眺めていた陸。
意識を上に向けて、その場からふわふわと去っていく。
またしても周りは真っ白。
流れに身をまかせている陸。
急に目の前から一つの情景が飛び込んでくる。
再び教室。
黒板を消している花梨。
ほうきを指の上に乗せてバランスをとっている陸。
教室には二人しかおらず、他の生徒は下校している。
窓から差し込むオレンジの夕日。
その光が黒板の隅に書いている文字を照らす。
(7月1日 日直 出雲 池田)
黒板を消しながら陸の方を見ないで、
花 梨 「なぁ、陸」
陸 「何だよ? おっ、いい感じだ」
ほうきを指の上に乗せたまま、教室の中を歩き回っていく陸。
急にうつむく花梨。
表情がはっきり見えない。
黒板を消す手が止まる。
花 梨 「あたしさ……転校するんだ」
立ち止まる陸。
指の上からほうきが落ちて、教室に大きな音をたてる。
窓の外から下校途中の生徒の声がうっすらと聞こえる。
陸 「嘘だろ? どうせまた俺をからかってるんだろ?」
苦笑いで花梨に問いかける陸。
振り返り陸の方を見る花梨。
少し微笑み首を横に振りながら、
花 梨 「嘘だったら本当にいいんだけどね。 今日寝て次の日の朝、起きたら実は全部嘘でしたーって言われていつものように変わらず学校に行けたらいいのに……」
真剣な表情の陸。
恐る恐る花梨の方を見て、
陸 「いつ転校するんだ?」
花 梨 「今月の末にはこの教室からあたしはいなくなる」
花梨がこの教室で過ごしている事を証明できる物がピックアップされていく。
教室の後ろに飾っている花梨が書いた習字の作品、給食当番表に載っている花梨の名前、
そして花梨の机。
花 梨 「父さんの新しい仕事がやっと決まったんだ。 会社をやめてからずっと家にいて、何か元気がなかったんだけど……その時の父さんはすごく嬉しそうだった。 また頑張って欲しいなって思ったんだ。 そんな姿を見てたらさ、引越ししなくちゃいけないって言われても嫌だなんて言える訳ないよね? あたしのわがままで転校したくないなんて言える訳ないよね?」
花梨の目から涙がこぼれる。
陸 「花梨……」
花 梨 「陸……手、出して」
ゆっくりと右手を差し出す陸。
花梨が何かを手渡す。
よく見ると自分で作ったのだろう、青と黄色の糸でできたミサンガが手の上に置かれている。
驚き、花梨の方を見る陸。
花梨、涙を浮かべながら笑顔で、
花 梨 「失くしたら許さないからね」
無言でそれを受け取る陸。
× × ×
無表情でその様子を見ていた陸。
意識を上に向けて、その場からふわふわと去っていく。
流れに身をまかせている陸。
次第に気持ちよくなって、目をつぶる。
どこまでも流れていく陸。
× × ×
〇実家 陸の部屋(2000年 過去)
急にベッドから起き上がる陸。
汗をびっしょりとかいて、息が乱れている。
カーテンから漏れている光。
雀の鳴き声が聞こえる。
おもむろに手を伸ばし、近くにあるケータイを手にとる。
しかし、あるはずのケータイがない事に気付く。
全身が締め付けられるような窮屈な感覚。
急に下の階から大きな声で、
母 「陸ーあんたそろそろ起きないと学校に遅刻するわよ」
ずっこけそうになる陸。
陸 「ガキにするような言い方してんじゃねーっつうの」
ぼそっとつぶやく陸。
うーんっと両手を上に挙げて、伸びをする。
一瞬、動きが止まる。
陸 「ん……ガキ?」
とっさに服ダンスのドアを開ける陸。
大きな鏡が現れる。
陸 「あ……」
鏡には可愛らしいパジャマを着ている、小さな陸が写っている。
恐る恐るズボンを前に引っ張って、下半身を確認する陸。
何もかもが小さくなっている事に気付きその場に泣き崩れる陸。
陸 「俺……」
段々、声を荒げて、
陸 「まじで過去に戻っちまったーー」
大声で叫ぶ陸。
下から同じぐらいの音量で
母 「早く仕度しろ、この馬鹿!」
× × ×
〇玄関先
陸 「行ってきまーす!」
黒いランドセルを背負って、走っていく陸。
給食当番の白い袋がぶら下がっている為、少し重たく感じる。
陸 「(えーっと、今日は2000年の7月3日か。 花梨が転校する7月23日まで20日はあるって事だな。 てか行ってきまーす! 何て母親に言ったの一体、何年ぶりだろ俺……)」
連絡帳を確認しながら勢いよく走り抜けていく陸。
陸 「あ、そうだ」
急にUターンをして別の道を進んでいく。
〇路地
階段のように高くなっていく石のブロックの上を、バランスを取って綱渡りのように歩いていく陸。
真横に家の窓が見える。
陸 「川島のじいちゃーん、学校行ってくる」
窓に向かって声をかける陸。
〇川島のじいさんの部屋
テレビを見ながらおかきを食べている川島のじいさん。
窓の外に目をやると、陸の足だけが見えて先に進んでいく。
川島のじいさん 「おー陸ちゃん、気をつけてな」
陸 「うん」
〇原っぱ
勢いよく草を掻き分けて進む陸。
陸 「(俺は今、小学生なんだ、 その自覚を持たないといけないな。 確かここから学校の裏に続くフェンスが……)」
遠くに緑のフェンスを見つける陸。
陸 「(あった!)」
その勢いのままフェンスの穴に足を引っ掛け、あっという間に飛び越える陸。
きらきらと太陽が、宙に舞い上がっている陸を照らす。
綺麗に着地をして再び走っていく陸。
× × ×
〇5年4組 教室
チャイムが鳴る。
がらっと勢いよくドアが開く。
陸 「セーフ!」
汗だくになりながら陸が駆け込んでくる。
イダセン 「何がセーフだ、出雲」
後ろから頭をつかまれる陸。
陸 「ぐ……」
逃げるように自分の席に向かう陸。
しかし、どこかわからず一人であたふたしている。
清 水 「なーにやってんだよ」
清水が意地悪そうな顔で、自分の近くにある机をばんばんと叩いている。
久しぶりに見る、頭の悪そうな小さい清水を見て思わず笑いそうになる陸。
清水が叩いている席に座り、ランドセルを横にかける。
懐かしさに浸ってる暇もなく、
清 水 「よう陸、昨日のノリノリ天国見たか? 俺、録画してたのに結局朝の3時まで見ちゃってさーあれはまじですげー興奮……」
ごつんとゲンコツを食らう清水。
イダセン 「エロ話は後にしろ」
清 水 「は…い」
生徒が一斉に笑い出す。
イダセン 「よーし、じゃあ朝の会をはじめるぞー」
ゆっくりと後ろのドアが開いていくのに気付く陸。
陸 「ん?」
宙に浮いた赤いランドセルが少しずつ動いている。
イダセン 「今日の日直は前田と池田だ」
がたっと音を立てて、前田が教壇へと向かう。
空席になっている花梨の席。
イダセン 「まーた遅刻か、何をやってるんだ池田は!」
イダセンが大きな声をあげる。
すると花梨の席のすぐ側から、
花 梨 「すいません、分かりません、聞いてませんでしたー」
ほふく前進の体勢から立ち上がって、にょきっと姿を現す花梨。
申し訳なさそうに深々と頭を下げている。
しーんとなる教室。
イダセンが頭を抱えながら、
イダセン 「池田……まだ授業中じゃない」
花 梨 「へ……」
目を丸くしている花梨。
隣の席で同じように目を丸くしている陸。
陸 「花梨……」
――つづく――
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