「20日間のシンデレラ」  三話 黒魔術って信じる?

アニメ脚本

 〇体育館(回想)

  陸  「やっと……やっとあなたを見つけました。 もう駄目かと思ったけれど心には信じていました。 必ず会えると」

花 梨  「私も」

  陸  「でも……まだ名前を知りません……」

花 梨  「シンデレラです」

  陸  「シンデレラ……シンデレラ……シンデレラ! 世界で一番美しい名前だ。 ……お城に来てくれますね?」

 ひざまずいたまま花梨の手を取る陸。

花 梨  「ええ……喜んで……」

 その形のまま幕が下りる。

 舞台からの光が急になくなり、体育館全体がわずかに残った光だけでほの暗くなる。

 それと同時に盛大な拍手が体育館を包む。

 いくつも並んでいる沢山のパイプ椅子。

 全学年の生徒含め大勢の保護者達が同じように歓声をあげ、大きく拍手をしている。

 舞台の一番上の方には、鮮やかに飾りつけされた、

(校内学芸会)

 と書かれた文字。

 端の方には縦長の白い紙に、

(5年4組 シンデレラ)

 と書かれている。

 鳴り止まない拍手。

 中には目に涙を浮かべている保護者もいる。

 しばらく経って再び幕が上がっていく。

 舞台上に全員集合している5年4組の生徒達。

 真ん中に主演の陸と花梨。

 その周りを他の生徒が囲んでいる。

 そしてゆっくりと全員同じタイミングで深々と一礼をする。

 さらに大きくなる拍手、歓声。

 観客側も舞台側もまさに一体となるような空気感。

 いつになったら鳴り止むのだろうという体育館内になり響いている拍手の音。

 そんな中、再び幕が下りて生徒の姿は見えなくなる。

 観客側の盛り上がりもピークに達し、しばらく経ってようやくあたりが静かになる。

 しかし完全に静かになるわけではなく、保護者や生徒達が感想を言い合って、まだざわざわとした感じは僅かに残っている。

 暗闇の中、うっすらと認識できる観客の表情はとても生き生きとしていて満足している様子。

 〇舞台裏(回想)

生徒一同 「お疲れーー」

 その掛け声とともにわいわいと盛り上がる生徒達。

 やっと緊張がとけた安堵感と無事に舞台をやり終えた達成感で、満面の笑みを浮かべている。

 急に泣き崩れて夏美と抱きあう花梨。

 花梨をささえる夏美。

 陸の元に清水がやって来る。

 お互い手を軽く握りコツンと当てる。

 照れ臭そうにニコッと笑う陸と清水。

 他の生徒もそれぞれの喜びを分かち合っている。

 右手を握って大きく上に挙げる陸。

  陸  「5年4組は最強クラスだぁーー」

 叫ぶように声を張り上げる陸。

 その声の後、

生徒一同 「おーっ!」

 と他の生徒も陸と同じように握った手を大きく上に挙げる。

 ちらっと視線を横に向ける陸。

 陸の方を真っ直ぐ見て、握った手を上に挙げている花梨。

 表情はうっすら目に涙を浮かべながらも、満面の笑顔。

 それを見て、なおも笑顔になる陸。

〇実家 陸の部屋(7月19日 現在)

 急にベッドから起き上がる陸。

 網戸にしている窓からオレンジの光が部屋に差し込んでいる。

 外から聞こえるカラスの声。

 その場からゆっくり立ち上がる陸。

 倒れ掛かるようにどさっと勉強机の椅子に腰をかける。

 ぼーっと柱に掛けてあるカレンダーを眺める陸。

 二箇所の日付に赤いマジックで丸がうたれていて、その下にはそれぞれ文字が書かれている。

 片方は、

(7月20日 校内学芸会)

 もう一つは、

(7月23日 花梨、転校)

 視線を机に戻し、引き出しからノートを取り出す。

 ぱらっとノートを開く陸。

 7月3日からその日の日記が書かれている。

 7月6日の日記をまじまじと見ている陸。

 ノートに書かれている7月6日の日記、

  陸(語り)「7月6日。 清水と喧嘩をして一日が経った。 正直、何事もなかったかのようにけろっとしてて、またいつものように馬鹿騒ぎができるんだと思っていた。 けど実際は違った。 改めて自分の考えの甘さと、してしまった事の重大さを身をもって知る事になる。 清水は完全に俺を無視した……まるで最初からそこに存在していないかのように……こちらから話しかけても聞こえてないふりをされ、今までのように前の席から後ろを振り返ってくだらない話を持ちかけてくる事もない。 ショックだった……まだ頭の中に残っている本当の思い出ではこんな時期に清水と喧嘩をする事なんてなかったし、何よりとっさに万引きを止めてしまった自分にも驚いた。 当時なら自分も同じような事をしていたはずだ……けど今の俺はやっぱりいけない事だと思う。 それは曲げられない。 ……清水は完全に俺を疑っている。 清水だけじゃない。 他の生徒もあの一件以来、俺を見る様子が何処かおかしいように思うんだ……」

 日記を読むのに没頭している陸。 

 〇体育館(回想 7月6日)

 一人、舞台を遠めで見ている陸。

イダセン 「おーい、何してるんだ! 早く跳べー」

 呼びかけられふと我に帰る陸。

 目の前には直線にマットが敷かれていて、その先に踏み切り板、そして高々と六段積み重ねられた跳び箱が見える。

 声の聞こえる方を見ると、陸を急かして腕を組んでいる赤いジャージ姿のイダセン。

 その近くで体育座りをして様子を見ている生徒達。

 再び跳び箱の方に視線を戻す陸。

 大きく息を吸い込みタッと駆け出す。

 ゆっくりと助走をつけ、距離が近づくにつれ速度を上げていく。

 タイミングを合わせ、踏み切り板に足をつき、跳び箱には両手、そして大きく足を開いて体を前に押し上げる。

 バーンと大きな音を立て陸の体が宙を舞う。

 静かに着地をする陸。

 満足そうにうんうんと頷いているイダセン。

 退屈な表情の清水。

 他の生徒達もどこか関心がないような感じ。

 一息ついてみんなの元に、すたすたと戻っていく陸。

 授業終了のチャイムが鳴る。

 体育館の入り口のドアを開けて、次々と生徒が出て行く。

 その後に続いて出て行こうとするイダセン。

 ふと振り返り一人、取り残された陸を見る。

 誰も陸に「一緒に帰ろう」と声をかける生徒はいない。

 どこか心配したような声で、

イダセン 「……入り口、ちゃんと閉めとけよ」

 とだけ言い、体育館を後にするイダセン。

 軽く会釈をする陸。

 大きな体育館に陸だけが、一人突っ立っている。

 再び舞台の方に視線を向ける陸。

 大きな黒い幕が掛かっている。

  陸(語り)「舞台を眺めていると色々と思い出してしまう…… 5年4組が初めて一丸となった瞬間。 本当に楽しかった俺の大切な思い出。 馬鹿で何のとりえもない俺が初めて、一生懸命に何かをやりとげようと思えたんだ。あの瞬間をもう一度味わいたいって大人になってからもずっと思っていたけど、あと二週間で再びそれが訪れようとしている。 それもこんな状況で……一世一代のイベント、校内学芸会が目前と迫っていた」

サブタイトル 『第3話 黒魔術って信じる?』

 〇教室

イダセン 「えーつまりもののかさの事を体積と言い、一辺が一センチの立方体の体積を一立方センチメートルと言います。 体積を計算で求めるには公式があって立方体は一辺×一辺×一辺で答えが出て来ます。 では直方体を求める公式はなんでしょう?」

 一斉にイダセンから当てられないように目線をそらす生徒達。

 黒板の隅に書いている日付を確認するイダセン。

イダセン 「じゃあ今日は7月6日だから出席番号6番の……」           

 陸の方を見るイダセン。

 熱心にノートを取り、授業を聞いている陸。

イダセン 「……何だかわからんが急にお前の答えが聞きたくなった。 出雲陸、答えなさい」

 席を立ち上がる陸。

 周りの視線が集まる。

  陸  「たて×横×高さです」

イダセン 「よろしい」

 着席する陸。

 再びノートをとりながら真剣に授業を聞いている。

 その様子を見ている花梨。

 目に涙を浮かべている。

〇男子トイレ

 換気扇が回る音。

 掃除用用具入れの近くに置いてある消臭剤。

 小の便器には古くなったのか、ひびがいったのかガムテープで補強をしてある。

 実際、汚くはないけれど建物自体が古くなっている為、やはりあまり綺麗ではない印象を与える。

 突然、扉が音を立てて開く。

 必死な顔で掛け込んでくる陸。

  陸  「(やべぇ……腹が……)」

 一瞬にして大の方の扉を開け、中に閉じこもる陸。

 息を切らし、額の汗をぬぐっている。

 ズボンを下ろそうと手に掛けたその時、聞こえてくる声。

男子生徒A 「何かさぁ出雲、気味悪くないか?」

 声がトイレ内に響く。

 動きがピタッと止まる陸。

 扉の向こうからコツコツと足音が聞こえてくる。

 息を潜める陸。

 5年4組でも影の薄い男子生徒二人組みが入ってくる。

 きゅっと蛇口を回し手を洗いながら、

男子生徒B 「そうだよな、 ほんと別人みたいだもんな。 雰囲気も話すカンジも。 てか俺がびっくりしたのはあの授業だって。 なんであんな問題あいつに解けるんだ」

男子生徒A 「さあな……女子にももてやがるし」

男子生徒B 「……お前、羨ましいんだろ?」

男子生徒A 「違うわっ、馬鹿! ただますます嫌になったよ、あいつの事」

 トイレの壁にもたれ掛かり聞き耳を立てている陸。

男子生徒B 「清水と喧嘩してからみんな出雲に近づこうとしないもんな」

 まだ少し濡れた手を振るっている男子生徒B。

男子生徒A 「あん時はほんとびっくりした。 清水怒らすのだけはやめとこう」

男子生徒B 「はは……そうだな」

男子生徒A 「池田ってさ……やっぱ出雲のこと好きなのかな?」

男子生徒B 「どうだろう。 けどみんな出雲のこと気味悪がってるんだぜ? 池田もやっぱ同じだろ。 もしかして池田のこと狙ってんのか?」

男子生徒A 「まっ、まさか……」

男子生徒B 「何、照れてんだよ? まっ、それはないか。 お前はゲームが恋人だもんな。 早く帰ってFFでもしようぜ」

 段々と遠くなっていく男子生徒達の声。

 扉がバタンとしまる音が聞こえる。

 壁にもたれかかったままズルズルとその場にしゃがみ込む陸。

 やかましくなり続ける換気扇を見つめて、

  陸  「はは……腹痛、治まっちまった……」

 〇5年4組 ベランダ

 手すりに手をつき、ぼーっと一人外を眺めている陸。

 空は雲ひとつない快晴。

 太陽はいまだにぎらぎらと輝いている。

 視線を下の運動場に向ける陸。

 わいわいと元気な声が聞こえてくる。

 鬼ごっこをしている生徒。

 鉄棒で逆上がりの練習をしている生徒。

 ジャングルジムに登っている生徒。

 ドッジボールやキックベース、手打ちなどボールを使って遊んでいる生徒。

 一年生から六年生まで入り混じり、みんなそれぞれ好きな事をして楽しんでいる。

  陸  「(はぁー何か完全に一人になっちまったみたいだな俺。 無理もないか……)」

 ため息をつく陸。

 少し笑いながら、

  陸  「(こんな状況でこんな事を思う俺もほんとどうかしてるのかなって思う。 けど一歩、引いた今の状況は皮肉にも彼らを客観的に見れているような気がするんだ……)」

 振り返ってベランダから教室の中を見る陸。

 鬼ごっこをしている清水。

 げらげら笑いながら全力で鬼から逃げている。

清 水  「つかまるかよ、バーカ」

  陸  「(馬鹿で元気で正直でそれでいて純粋で、現実に冷める事なくいつも全力で何かを楽しむことができて……)」

 机の上に座って他の生徒と話をしている米川。

米 川  「俺は世界一有名な米川カンパニーの社長になるんだ。 お前も社員にしてやるぞ」

藤 川  「嫌だよ。 俺は柔道のオリンピックで金メダルをとるし」

  陸  「(何も知らない。 けど何も知らないからこそ周りを気にする事無く、馬鹿みたいに大きな自分の夢や目標も堂々と言うことができて……)」

 女子と話をしている前田。

前 田  「本当だって! パンをシチューにつけるとすごく美味しいんだって。 もしかすると牛乳にパンってのも意外といけるかもしれないなぁ……」

女 子  「えーっ!」

  陸  「(好奇心旺盛で失敗を恐れず何にでも挑戦しようとする)」

 ベランダから教室に戻る陸。

  陸  「(大人になるって何なのだろう? 俺は世間一般に言えば大人だ。 けどそんな事、聞かれたってさっぱり分からない。 ただ常に周りから求められるものは、頭の偉い学校を出て、いい資格を持っていて、給料が高くて安定した仕事に就いている。 まるでそれらによってその人の人間性を決められるかのように。 確かに生きていく上で必要な事なのかもしれない。 けど今なら何となく思う。 俺達、大人は何か大切な事を忘れているんじゃないか? 彼らから学ぶような事は沢山あるんじゃないか?)」

 そのまま生徒達の間をすり抜けて行く陸。

 騒がしかった教室が一瞬、静かになり視線が陸に向けられる。

 気にせず教室を出て行く陸。

 〇廊下

  陸  「(柄にもなくそんな事を思ってしまった。 実際、俺もそんな事、偉そうに言えたような出来た人間でもないのにな……花梨……清水……俺はほんと何をしてるんだろう……)」

 ふらふらと歩いて行く陸。

 階段を上っていく。

 〇3F

 考え事をしながらふらふらと歩き、いつの間にか音楽室の前までやってきてようやくわれに返る。

  陸  「(おっ……いつの間にここまで来てたんだ。 まるで夜中に出歩く夢遊病者みたいじゃないか。 ……帰ろう、いくら悩んだって仕方ない……)」

 引き返して階段の踊り場まで来て一旦止まる陸。

 視線を上に向ける。

 屋上へと続く階段があり窓からは光が差し込んでいる。

 さらにその先を見ると、もう使われなくなった机が積み上げられており行く手を阻んでいる。

 それを確認してから、階段を上り先に進んでいく陸。

  陸  「(懐かしいなぁーまだあったんだ。 昔、よくここを登ったのが見つかって怒られてたっけ)」

 馴れたように机の間をくぐり抜けていく陸。

 あまり人通りがない為、陸の足音しか聞こえていない。

 突然、頭上からちりんと陸の耳に鈴の音が聞こえる。

 音の鳴る方を見ると、首に鈴を付けた黒猫が陸を見ている。

  陸  「(あの猫、どこかで……)」

 黒猫のすぐ隣には、沢山の椅子が積み上げられていて妙な雰囲気をかもし出している。

 普段、閉まっているはずの屋上へのドアが開いたままになっている。

 鈴の音を残し、素早く屋上へと出て行く黒猫。

 追いかけるように階段を駆け上る陸。

 その勢いのまま一気に屋上へでる。

 〇屋上

 陸の視界を覆う真っ白な光。

 暗い校舎から急に外に出た為、思わず目を細める。

 視界がぼやけている陸。

 微かに認識できる黒猫。

 その後を追う陸。

 急に立ち止まる黒猫。

  陸  「(ん……人?)」

 うっすらと人らしきシルエットが見える。

 同じように立ち止まる陸。

 急に聞こえてくる、陸に発せられた声。

  声  「ねぇ」

  陸  「えっ?」

  声  「黒魔術って信じる?」

 次第に目が慣れて、視界がはっきりとしてくる。

 確実に校則違反の黒いドレス。

 風に揺れる長めの髪。

 黒猫がぴょんと肩の上に乗る。

 分厚い本を両手で抱えて真っ直ぐにこっちを見ている。

 風が陸の体をすり抜けていく。

 時間が止まったようにしばらく動かない陸。

 もう一度、相手の方をちゃんと見て、

  陸  「恵子……」

 二人しかいない屋上。

 周りには青空と遠くに見える山、そして周辺の町並みがパノラマのように見える。

 ふーっと一息ついてから答える陸。

  陸  「あぁ……俺は信じてるかもしれないな」

 少し間を置いて、

恵 子  「そう……」

 少しうれしそうな表情の恵子。

恵 子  「あんたクラスのみんなに気味悪がられてるわよ。 あいつは陸じゃない、別人だって」

  陸  「……お前もそう思うか?」

恵 子  「さぁね……ただ周りから気味悪がられてるって所は私も同じかしら……」

 優しい目で陸を見る恵子。

 手すりに手をついて、遠くの景色を眺めている。

 何かを思い出すかのような表情で、

恵 子  「私には小学二年生の弟がいるの。 名前を翔太っていってね、小さい頃からずっと一緒だった。 明るくて素直で羨ましいぐらい友達も多かったわ。 けどある日を境に全てが変わった……」

 急に自分のことを話し始める恵子に驚いている陸。

 しばらく沈黙が流れる。

 黙って恵子の話に耳を傾ける陸。

恵 子  「父は他に女を作って家を出て行ってしまった。 残された母は私達を必死で育てようとしてくれていたけど、元々体が弱く、持病が悪化してとうとう死んでしまったの」

 言葉を失う陸。

 表情が強張る。

恵 子  「私達は母の事が大好きだった。 週末になると私の好きなコロッケをいつも作ってくれて、出来上がるのを今か今かと待っていたの。 結局残ったのは莫大な遺産と私達姉弟には広くて大きすぎる屋敷。 それがすごく孤独で辛かった……家族みんなで夕食を食べていた頃が本当に温かくて懐かしくて……それでも私は姉として何とか翔太を守らなければならないと思ったわ。 けどまだ低学年のあの子にはショックが大きすぎたみたい。 それ以来、翔太は笑わなくなってしまった……感情というものを完全に失くしてしまったの……」

 再び恵子の顔を見る陸。

 次第に笑顔がなくなる恵子。

  陸  「……弟はこの学校にいるのか?」

恵 子  「ええ……三年三組よ。 けど何にも関心を示さなくなった翔太は教師からは問題児扱いされ、友達も次第に離れていった。 だからあの子の友達って言ったら、いつの間にか屋敷に住み着くようになったこの猫ぐらい」

 恵子の肩の上でにゃーっと鳴く黒猫。

恵 子  「授業が終わるまでここで翔太を待ってくれているの」

  陸  「(生徒達の間で噂になっていた、化け猫の幽霊の正体ってこいつの事だったのか……)」

 一人、納得している陸。

 恵子、再び陸の方を向いて、

恵 子  「あんた黒魔術を信じるって言ったわよね? どうしてそう思うの? 根拠は?」

 一瞬、その言葉にひるむ陸。

 困った顔をしながら、

  陸  「根拠か……わからん。 けどないとは思わない」

 何かを決意したかのような表情の恵子。

恵 子  「私はあの子を助けてあげたい。 どんな方法だっていい。 奇跡だって魔術だって願いが叶うんなら何だってかまわない。何度、失敗しても必ず……」

 急に思い出したかのように我に返る恵子。

恵 子  「ごめんなさい……何だか一方的に話しすぎたみたいね」

  陸  「全然いいよ。 上手くいくといいな。 てかお前こんなに人と話せるんなら友達できるんじゃないのか?」

恵 子  「あんたに言われると何かむかつくわね」 

 笑顔になる二人。

恵 子  「それより学芸会の練習しなくていいの? あんた王子役でしょ?」

  陸  「いっけね! そうだった……台詞思い出さねぇと……」

 陸の横を通って戻っていく恵子。

  陸  「お前は何の役なんだよ? 木その1か?」

 にやにや笑って恵子を茶化す陸。

 陸の方を振り返りくすっと笑って、

恵 子  「魔法使いよ」

 〇陸の部屋(7月19日 現在)

 真剣に日記を読み続けている陸。

 下から聞こえる母の声。

  母  「陸ーー川島のおじいちゃんからもらったスイカ食べるかい?」

 大きな声で返事をする陸。

  陸  「今はいい!」

 窓の外は次第に暗くなり始めている。

 再びノートに視線を戻す陸。      

 ノートに書かれている7月7日の日記、

  陸(語り)「7月7日。 周りは完全に学芸会への練習で必死になっていた。 俺も王子という大役を与えられていながら、十年前の台詞をきちんと覚えているはずもなく暗記をする為、常に台本とにらめっこをしていた。 ただ一番問題なのは相手役がシンデレラであり花梨だという事で……こんな自分でも一生忘れたくないと思えた程の学芸会を今の心境で昔と同じように再現できるのか? 人に喜んでもらえるものを作り上げる事ができるのか? 本当にそれが心配だった。 清水との喧嘩の件で、最近もどこか花梨とは気まずい雰囲気が流れていた。 ……と思っていた。 初めて花梨とする演劇の練習では(本当の思い出では何回もしているのだが) いたって自然で、俺の事を疑っているような様子もあまり見れず、それどころか会話のやりとりさえ昔のような感覚に似ていてどこか懐かしかった。 この世界に来て初めて花梨とまともに会話をしたような気さえする。 けど俺はまだ知らなかった、いや現実を受け止めたくなくて記憶の奥にしまっていた。 この日は花梨が転校するという事を知らされる日で、刻一刻と俺にとってあの忘れられない日が迫ってきているのだという事を……」

 〇教室(回想 7月7日)

花 梨  「シッ……シンデレラでひゅ……」 

 緊張して声が裏返っている花梨。

 花梨の演技に戸惑っている陸。

  陸  「おぃおぃ、主役がそんなんで大丈夫か? こんな緊張しまくってるシンデレラ見たことないぞ」

 ふて腐れたように、頬を膨らませている花梨。

花 梨  「しょうがないでしょ! 主役なんて緊張するに決まってるじゃない。 てかさっきのあんたの台詞もちょっと危うかったわよ?」

 反撃をするように、にたっと笑って下から覗き込んでくる花梨。

  陸  「シッ……シンデレラでひゅ……よりはましだ馬ー鹿」

花 梨  「誰が馬鹿よ! 最近ちょーっと勉強ができるからっていい気になってんじゃないわよ、このがり勉!」

  陸  「がり勉じゃねぇ」

 隣同士の席で演劇の練習をするのか、喧嘩をするのかわからない状況になっている二人。

 その様子を周りの生徒がちらちらと見ている。

 清水も前の席で気になっている様子。

イダセン 「よーし、じゃあ今日の練習は終わりだ。 とりあえずみんな席に着け」

 時計を確認して生徒に声をかけるイダセン。

 自分の席を離れて練習をしていた生徒達も、それぞれ戻っていく。

 静かになる教室。

 ちらっと花梨の方を見て話始めるイダセン。

イダセン 「みんなに大事な話があるからよく聞いてくれ。 ……実は今月の23日を最後に池田は転校する」

 静かな教室がより一層、静けさを増す。

 みんな驚いて唖然としている。

イダセン 「お家の都合で県外に引っ越すそうだ。 もちろん池田はそっちの小学校で学校生活を過ごす事になる。 だからみんなと過ごす大きな行事といったらもう校内学芸会しかないんだ。 みんなその意味をちゃんと理解して欲しい。 精一杯練習していい思い出を残そう。 池田の為にもな。 池田はちゃんと主役として頑張らないと後悔するぞ。 先生に最高のシンデレラを見せてくれ……な?」

 にこっと笑顔を見せるイダセン。

花 梨 「はいっ……」

 今にも泣きそうになっている花梨。

 その様子を見ている陸。

  陸  「(今、昔の自分の記憶が鮮明に蘇った気がした。 前から花梨に転校するって事は聞いていたけど、でも頭のどこかでそんな訳ないって現実を受け止めようとしない自分がいたんだ。 けどイダセンの口から告げられて初めて実感した。 花梨は転校するんだって……もうどうにもならないんだって……今、思えば県外に引っ越しても会おうと思えばいくらでも会える。 けどあの頃は県外って言葉があまりにも遠く、もう一生会えないようにさえ思っていたんだ」

 チャイムが鳴って教室を後にするイダセン。

 扉が閉まると同時に沢山の生徒が花梨を囲む。

 真っ先にやってくる夏美。

夏 美  「花梨ほんとなの? 嫌だよ、行かないでよ……」

花 梨  「ごめん……ごめんね……」

 泣いている二人。

 他の女子も泣いている。

 少し離れてその様子を見ている男子生徒。

 気を使って自分の席から離れる陸。       

  陸  「(覚悟はしていた。 ちゃんとその日が来ても笑顔で花梨をおくりだしてやろうって。けど出来なかった……強がって寂しくないって言っても、余裕があるように見せようとしても全然涙を抑え切れなくて、結局思っている事と真逆の事を言ってしまったんだ。 お前なんかとっとと転校しやがれーって……花梨を傷つけてしまった事。 言えなかった花梨への思い。 現在でも俺を苦しめ続けるそれらの後悔というもの。 もう二度と同じ過ちを繰り返さない……」

 ふと立ち止まり驚く陸。

 周りを気にせず泣いている米川。

 休み時間にも関わらず教室全体がしんみりとしている。

  陸  「(花梨はみんなから愛されていたんだ……)」

 〇実家 陸の部屋(7月19日 現在)

 窓の外はすっかり暗くなっている。

 鈴虫の泣き声が心地よく部屋に入ってくる。

 うーんっと両手を挙げ伸びをする陸。

 勉強机に置いてあるライトがノートを明々と照らしている。

 再びノートに視線を戻す陸。

 ノートに書かれている7月12日の日記、

  陸(語り)「7月12日。 米川が花梨に告白した。 驚いた、あいつが花梨を好きだったなんて……結果は駄目だったみたいだ。 それを聞いてどこかよかったと思っている自分が何とも腹立たしい。 それと同時に自分の気持ちを素直に伝えられる米川が羨ましく思えた。 俺は焦っている……時間がないというのに……後悔した事をやり直す為にこの世界に来たんじゃないのか? どんな形でもいい。 花梨に……」

 急にページをめくって7月12日の日記をとばす陸。

  陸  「……」

 ふーっとため息をつく。

 再びノートに視線を戻す。

 ノートに書かれている7月18日の日記、

  陸(語り)「7月18日。 今日で日記を最後にしようと思う。 もう学芸会に向けて出来る限りの練習はしてきた。 花梨の演技もすっかり板についてきて、俺もやっと安心して自分の演技に集中できるようになった。 俺は現実に戻った時、今の思い出が上書きされて本当の思い出を失ってしまう。 けど明日はあの頃に負けないぐらい最高の思い出を作れるって信じてる。 最後くらいだらだらと書かないで気持ちよく終わろう。 後は任せた。 頑張れ、俺!」 

 ノートをパタンと閉じる陸。

 机から立ち上がり窓際に移動する。

 窓から外の景色を眺める陸。

 外からゆっくりと吹く心地いい風が陸の前髪を揺らす。

 見慣れた町並み。

 けど懐かしい町並み。

 ほとんどの家の電気が消えていて、一部の家しか点いていない。

 大きく息を吸い込む陸。

 瞳をきらきらさせて、期待に満ちた表情。

  陸  「よしっ!」

 自分で自分に気合を入れる陸。

 天上からぶら下がる紐を二回引いて、蛍光灯の電気を豆電球にする。

 一瞬にして暗くなる陸の部屋。

 倒れるようにベッドに仰向けになる陸。

 ゆっくりと瞳を閉じる。

 〇体育館前 廊下(翌日)

教 師  「押さないでーゆっくり入って下さーい」

 保護者達を体育館の中へと誘導していく教師。

 入り口にある真っ黒な黒いカーテンをくぐって中に入っていく保護者達。

教 師 「ちょっと、おじいさん! 中は飲食厳禁ですよ」

川島のじいさん 「細かいこと言うんでない若いの。 後先、短い年寄りの楽しみを奪わんでくれんか?」

 教師の見つめる先には、大きく腰が曲がり、片方の手には何とか自分の体を支えている杖、もう片方は道中のコンビニで買ってきた「男山」と書かれたパックの酒を持っている。

 酒にはすでにストローがささっており、川島のじいさんの口からは話すたびに真新しい酒の匂いがしている。

教 師  「しかし……」

  声  「あーっ、川島のおじいちゃん!」

川島のじいさん 「おーっ、清水君とこの……」

 渡り廊下から川島のじいさんを見つけ走りよってくる清水の母。

清水の母 「いつも馬鹿息子が遊んでもらってるみたいで……ほんとすいません」

 深々とお辞儀をする清水の母。

川島のじいさん 「いやいや構わんよ。 わしも孫がいないんで寂しいての。 出雲君とお宅の息子さんは本当にいい遊び相手になってくれとる。 あの子はああ見えて芯の通ったいい子じゃ。 将来、本当に楽しみじゃわい……はっはっはっ!」

 普段しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして笑う川島のじいさん。

 話の腰を折られ気分を悪くしている教師。

二 人に声を掛ける。

教 師  「ちょっとすいません」

清 水  「なによ、あんた! あんまりでかい声でおじいちゃんに注意してるから聞こえてたけど、あんたも教師なら機械みたいに固いことばっか言ってないで、もっと感情をもって発言しなさい!」

 勢いよく教師を攻撃する清水の母。

教 師  「あっ……すいません」

 指摘をされ、しゅんとなる教師。

 ここぞとばかりに酒を飲みながらとぼとぼと入り口に入っていく川島のじいさん。

 上機嫌な声で、

川島のじいさん 「あんがとよ」

〇体育館

恵 子  「テクマクマヤコンーエロイムエッサイムーコウチョウノアタマハハゲカツラッ!」

 先端に星がついた魔法の杖をぶんぶんと勢いよく振り回し、大きな声で呪文を唱える恵子。

 勢いがよすぎて星が取れかかっている。

 きらきら光るドレスに紫のウイッグをかぶり魔法使いを演じている。

 すると目の前にあったかぼちゃが宙に浮いて消えていく。

 ぼろぼろの服とほうきを持ってシンデレラの役を演じている花梨。

 その光景を見て驚いている。

花 梨  「まあっ!」

 舞台の袖を指差す恵子。

恵 子  「あれを御覧なさい」

 恵子の指差す方から大きなかぼちゃの馬車が登場する。

 きらきらと光を放ち、馬車のてっぺんには王冠が乗っている。

 しかし、作りは立派なのに対して、馬は前田が、その馬を操る人を清水が演じていてこの上ない違和感を放っている。

清 水  「シンデレラ様、僕とこの馬車で夜の散歩に出かけませんか?」

 手綱をぱしんと振り下ろす。

前 田  「ひひーん」

 馬を熱演している前田。

恵 子  「シンデレラをナンパするんじゃない。 この下衆野郎」

 魔法の杖で前田の頭をぼこぼこと殴っている恵子。

 苦しんでいる前田。

前 田  「何で僕が責められてるんだよ」

花 梨  「まぁ、何て不思議なの? 馬がしゃべったわ!」

 会場が笑い声で包まれる。

花 梨  「本当に素晴らしいわ。 あっ……でも私この格好じゃ舞踏会にはいけないわ……」

恵 子  「もちろんよ……おまかせなさいっ!」

 今度は魔法の杖を花梨に向ける恵子。

 真剣な表情。      

 会場に響く程の大きな声で、

恵 子  「まっがーれっ!」

 何も起きない。

恵 子  「いや違った……」

 一人ぼそぼそとつぶやいている恵子。

 呪文が何だったのか悩んでいる様子。

 沈黙。

 しばらくたって思い出したかのように笑顔で、

恵 子  「綺麗なドレスになーれー」

前 田  「普通かい!」

 思わず馬が突っ込みを入れる。

花 梨  「何て不思議なの? 馬がしゃべったわ!」

 パイプ椅子が突然倒れ、ずっこけている保護者達。

 会場はさらに大きな笑い声に包まれる。

 そして舞台の袖へと消えていく花梨。

 しばらく経ち、綺麗なドレスを身に纏い、ガラスの靴を履いた花梨が再び登場する。

花 梨  「綺麗だわ……ふふふっ」

 うっとりしている花梨。

 去ろうとしている恵子。

恵 子  「さぁ、行ってらっしゃい」

 驚いた表情の花梨。

花 梨  「えっ……一緒に来ては下さらないの?」

恵 子  「とんでもない、舞踏会なんて……それにもし私が舞踏会に行けば、私が王子様に選ばれちゃうもの」

 くすっと笑う恵子。

恵 子  「私の仕事はあなたの望みを叶えてあげる事だけ。 後、どうするかはあなた次第よ」

花 梨  「でも一人で行くのは怖いわ……」

恵 子  「何にも怖がる事なんてないわ」

 少し間を置いて、

恵 子  「でもね……絶対に守って欲しい約束があるの」

 黙って頷く花梨。

恵 子  「今夜の時計の鐘が十二時を打つ前に必ず帰ること。 これだけは絶対に忘れては駄目よ」

花 梨  「でも何故? 十二時までに帰る事がそれ程、重要なの?」

恵 子  「あなたは何にも聞かないで。 ただ約束を守ってくれさえすればいいの」

 再び魔法の杖を勢いよく振り回す恵子。

恵 子  「しっかりね、シンデレラー」

 そういい残して消えていく恵子。

 花梨と前田、清水の三人だけ舞台に残っている。

清 水  「シンデレラ様」

花 梨  「これは魔法なの? こんなの見た事ある?」

清 水  「ええ何度も」

花 梨  「私は初めてだわ」 

清 水  「約束をお守りください。 真夜中の十二時までにここを出ないともっとびっくりする事が起こりますよ」

花 梨  「分かったわ」

清 水  「けどその前に僕と夜のお散歩に……」

前 田  「まだ言ってやがる……気にしないで下せぇ、道はこっちです」

 思わず馬が仕切りだす。

花 梨  「馬がしゃべったわ!」

 舞台の袖へと消えていく三人。

 そして一旦、黒い幕が下りる。

 沢山の拍手が会場を包む。

          ×           ×           ×

 〇舞台裏

イダセン 「次ーー出雲と池田、準備しろ。 名シーンだからな、練習の成果を見せて来い!」

 陸と花梨の背中を後ろから軽く叩いて、送り出すイダセン。

 舞台裏に残された花梨と陸。

 幕の向こうから聞こえている観客の声。

 二人の間に自然と沈黙が流れる。

 緊張している様子の花梨。

 真っ白なドレスに銀色のティアラを頭に乗せている。

 無意識のうちに花梨を見つめている陸。

  陸  「(後三日で俺はこの世界からいなくなる……それも本当の思い出を代償に……泣いても笑ってもこれが最後。 もう同じチャンスは二度とない。 花梨……俺は君の笑顔が見たい。 過去の馬鹿な俺は君を傷つけてしまった……だからもう泣いたり、悲しんでる姿は見たくない……最高の思い出を……)」

 ゆっくりと幕が開こうとしている。

  陸  「よしっ、行こう!」

 黙って頷き、陸の後に続く花梨。

 完全に幕が開き、近くの観客の顔がはっきりと認識できる。

 タイミングを見計らって舞台にでる二人。

 〇舞台

 舞台の上からまぶしい程のライトが二人に降り注ぐ。

 二人を迎えるかのように拍手と歓声が沸き起こる。

 王子役を演じる陸。

  陸  「広間は人が多すぎる」

 陸の第一声を聞いて、拍手も歓声も止み、静かになっていく会場。

花 梨  「月明かりに浮かぶ花の庭……ここの方が素敵ですわ」

  陸  「今夜は月もあんなに美しく輝いているし、ここは宮殿の中でも僕が一番好きな場所なんです」

 突然、十二時を知らせる鐘が大きな音を立てて鳴り響く。

 焦っている花梨。

  陸  「どうかしたのですか?」

花 梨  「帰らなければいけないのです」

  陸  「突然に何故?」

花 梨  「何故って……ある人と約束したんです」

  陸  「少しくらい遅れてもいいじゃありませんか。 僕はこんなにもすばらしい時間をまだ終わらせたくありません。 それにその人もきっと許してくれますよ」

花 梨  「それは駄目です。その人は絶対に許してくれません。 お分かりにならないでしょうけど、その人は……変わっているんです」

  陸  「あなたは不思議な人だ。 まだ名前も教えて下さいませんね?」

花 梨  「つまらない名前ですもの」

  陸  「どんな名前でも僕にとって世界で一番美しい名前です」

 突然、自分が言わなければならない次の台詞の存在に気づき手が震えだす陸。

 無理やりもう片方の手で震えを抑える。

 額からは汗が流れ、呼吸も少し荒くなっている陸。

 台詞が完全に止まる。

 会場に流れる沈黙。

 観客が不思議そうな顔をしている。

 じっと陸を待っている花梨。

 そのままの状態で動かない二人。

  陸  「(この瞬間をどれほど待ち望んだのだろう…………たったこれだけの言葉をどれほど言いたかったのだろう…………長かった……本当に長かった……けど……それももう終わる…………)」

 大きく息を吐いて、自分自身を落ち着かせる陸。

 真剣な表情で花梨を見つめる。

 ゆっくりと陸の口元が動く。

 会場に響く声。

  陸  「僕はあなたを愛しています」

 変わらず会場に流れている沈黙。

 陸の台詞が返ってきてほっと安心している花梨。

  陸  「(駄目だ……もう止まらない……)」

  陸  「今も……そして十年後も……ずっと…………」

花 梨  「えっ……」

 驚き思わず口に出てしまう花梨。

 突然、会場がざわざわと騒がしくなる。

〇舞台裏

清 水  「何なんだよあの台詞は! あんなの台本にあったか?」

 ステージ衣装をまだ着たまま大声をあげている清水。

 他の生徒達も混乱している。

清 水  「くそっ! やっぱりおかしいぜ、あいつ……」

イダセン 「落ち着け! とりあえず起きてしまったものは仕方がない。 このままアドリブであの二人が上手く誤魔化し切れたらそれでいい……しかし、万が一失敗してしまったその時は……」

 舞台を見つめるイダセン。

〇舞台

 長い沈黙を切り裂いて、再び話し始める陸。

 その声は落ち着いていて、けどゆっくりと何かを噛み締めるように、

  陸  「帰らなければいけないと言いましたね? 実は僕もそうです……ある人と約束をしました……こんなにもすばらしい時間をまだ終わらせたくありません…………だけど時間は残酷にも進み……僕を元の世界へと連れ戻そうとするのです…………」

 何も言わず、ただ視線を下に向けている花梨。

  陸  「…………何も言わないのですね……」

 恐る恐る陸の方を見る花梨。

花 梨  「怖いんです……これは夢で冷めてしまうのではないかと思うと……」

 へなへなとその場に崩れこむ花梨。

  陸  「…………」

 言葉を失う陸。

 突然の出来事に、舞台を見ている全ての人が驚き、固まっている。

花 梨  「けど何より……それと同じぐらい……あなたが…………怖い……」

 花梨の目から大粒の涙が流れる。

花 梨  「うわぁぁぁぁぁぁあっ!!」

 突然、会場全体に聞こえる程の大声で泣き叫ぶ花梨。

 涙でくしゃくしゃの顔。

 無造作に転がっている銀色のティアラ。      

 乱れている純白のドレス。

 時間が止まったかのように、その光景を見て絶句している人達。

 突然、舞台の前に掛けていくイダセン。

 マイクを手に持ちながら、

イダセン 「ご来校のみなさま、突然のこのような事態になってしまい誠に申し訳ありません。 生徒の練習の成果を楽しみにわざわざ来て頂かれた保護者の方々には残念なお知らせなのですが、5年4組のシンデレラは私、飯田が担任として誠に勝手ではございますが続行不可能と判断した為、この時点で中断とさせて頂きます。 申し訳ございません!」

 深々と頭を下げるイダセン。

 なおも騒がしくなっていく会場。

 それを合図のうように幕が下がっていく。

 すぐさま花梨の元に駆けつける女子生徒達。

 発作のように泣き続け、声をあげ、一向に落ち着く気配がない花梨。

 完全に力が抜けていて一人で立つことも出来ずにいる。

イダセン 「よしっ、池田。 とりあえず舞台からはけるぞ。 おーい男子、ちょっと手伝え!」

 米川が走りよってくる。

 イダセン、米川、花梨の両腕を自分の肩に回し、何とか起き上がらせる。

イダセン 米川 「せーのっ!」

 花梨をほとんど引きずっているような状態で舞台の袖へ移動する。

 抜け殻のような表情の陸。

 両膝をついて舞台の中央で正座のような体勢になっている。

 舞台の袖からまるで人間を見ているようではない冷ややかな目で陸を見る生徒達。

 陸に沢山の視線が突き刺さる。

 誰も声をかけようともしない。

 近づこうともしない。

 花梨を舞台裏に連れて行き、立ち上がろうとしない陸を見るに見兼ねて近づいていくイダセン。

 目の前で立ち止まり陸に声をかける。

イダセン 「立て」

  陸  「……」

 同じ体勢のまま、全く反応がない陸。

イダセン 「立てっ!」

 大きな声を上げるイダセン。

 むりやり陸の腕を持って立ち上がらせる。

 力が入っていなく、魂が抜けたような人間味を感じられない陸の表情。

 そんな陸を見て頬に平手打ちをするイダセン。

 ぱーんと大きな音が鳴る。

 舞台の袖で驚きながらその様子を見ている生徒達。

 何も反応がない陸。

 イダセンが手を離すとまたしても力が抜けたように、へなへなとその場で正座のよう体勢になる陸。

 あきれた様子のイダセン。

イダセン 「もういい……勝手にしろ……お前はクラスのみんなの気持ちを踏みにじったんだ……それだけは忘れるなっ!」

 陸を残して舞台の袖へと帰っていくイダセン。

 ただ一人舞台に取り残された陸。

 急に舞台のライトも消え陸の姿もはっきり認識できなくなる。

 わずかに認識できる陸の表情。

 魂が抜かれたように、何かの抜け殻のように、その表情は決して人間味を帯びる事はない。

      ――つづく――

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