「妖怪合唱団」

〈登場人物〉

涼介

猫娘

ぬらりひょん

雪女

河童

座敷童

悪の妖怪

女天狗

第一場

 ぬらりひょんの屋敷。上手で椅子に座っているぬらりひょん。突然、下手から猫娘がやってくる。

猫娘   「ぬらりひょん様、また一人やってきたよ」

ぬらりひょん「そうか……最近、増えてきておるのぅ」

猫娘    「入ってもらうかい?」 

ぬらりひょん「あぁ……」

 猫娘、下手に向かって呼びかける。

猫娘    「おーい、入ってもいいってさー」

 しばらくして下手から涼介が登場。見た目は人間だが牙と爪が生えている。

涼介    「俺は一体どうなっちまったんだ……こんな醜い姿になって……」

 ふらふらと今にも倒れそうな涼介。次第に力がぐったりと抜けてその場に崩れてしまう。

ぬらりひょん「この姿は……」   

猫娘    「そうなんだ、あたしも初めて見たよ……」

涼介    「なぁ、教えてくれよ……ここは一体、どこなんだ……どうして俺は……」       

 さらに体を震わせる涼介。

涼介    「……ちくしょう、まるで夢でも見ているようだ。目が覚めたら森の中にいて、見た事もない化け物達の戦いに巻き込まれて……」

猫娘    「本当に感謝して欲しいくらいだよ。あそこであたしがあんたを見つけなかったら、今頃あの妖怪達にひどい目に遭わされているはずさ。あの森の連中は物騒だからねぇ」

涼介    「……俺は一体、どうなってるんだ?」

ぬらりひょん「…………こっちへ来るんじゃ」

 涼介、恐る恐るぬらりひょんに近づいて行く。奥から手鏡を取り出すぬらりひょん。

ぬらりひょん「自分の事が知りたいと言ったな? それがどんな結果でも、受けいれる覚悟がお前にはあるかのぅ?」

涼介    「どういう事だ?」

ぬらりひょん「質問に答えよ」

 真剣な表情のぬらりひょん。

涼介    「……あぁ、よくわからないけど受け入れてやるよ。どうせこのままじゃ何も始まらねぇんだ」

ぬらりひょん「よかろう……」

 ぬらりひょんが目を閉じ力を込めると、手鏡に映像が映し出される。怪我をしている涼介が救急車に運ばれる瞬間。

涼介    「鏡に……映像が……」

ぬらりひょん「この光景に見覚えはないかのぅ?」

涼介    「…………俺が救急車に運ばれてる…………そうだ……確か車で事故に逢って……」

 映像が違う場面に切り替わる。病院のベッドで眠っている涼介。医者と看護婦達が深刻な表情をして涼介の周りを囲んでいる。

涼介    「もしかして……」

 何かを悟り怖くなる涼介。ゆっくりとぬらりひょんの顔を見る。

ぬらりひょん「…………お前は死んだのじゃ」

 一瞬空気が静まり返る。現実を受け止めきれていない様子の涼介。

涼介    「嘘だ……」

ぬらりひょん「嘘ではない。お前にも心当たりがあるじゃろう」

涼介    「嘘だ、嘘だ!」

猫娘    「おい、落ち着け!」

涼介    「俺が……俺が一体、何をしたって言うんだ! 何で死ななけりゃならねぇんだよ! 何 で! 何でこんな姿に!!」

 今にも壊れてしまいそうな涼介。

涼介    「ちくしょう……」

 その様子を黙って見ているぬらりひょんと猫娘。しばらくして、

ぬらりひょん「お前、名前はなんという?」

涼介    「……涼介」

 驚くぬらりひょん。

ぬらりひょん「…………人間だった頃の名前を覚えているのか……」

猫娘    「涼介……良い名前だ」

涼介    「……またいつも通りの生活が続くと思ってた……やりたい事や叶えたい夢だってあった……それなのにこんな簡単に自分の人生が終わってしまうなんて、そんなの…………理不尽すぎるじゃねぇか……」

猫娘    「理不尽すぎるか……」 

ぬらりひょん「ここは死んでも成仏できず、未練が残っているもの達が集まる妖怪の世界。妖怪といってもな、わしらはまだ完全に妖怪にはなりきっていないのじゃ。人間の心が残っているからのぅ」

涼介    「人間の心?」

ぬらりひょん「わしらは元々、お前と同じ人間なんじゃよ」

涼介    「え……」

猫娘    「本当さ。ぬらりひょん様もあたしも、あんたと同じようにこの世界にやって来たんだ。今じゃ人間だった頃の思い出が、遠い昔の事のように思うよ……」

ぬらりひょん「やり残した事、不甲斐なさ、憎しみ、死への反発、そんな思いがわしらを人間から遠ざけていくのじゃ……」    

涼介    「……じゃあ何で俺は、あんた達と違って中途半端にこの姿なんだ?」

ぬらりひょん「それはわしらにもわからん……ここに来た奴らの多くは、人間の頃の名前も覚えてはおらんし…………お前はどこか特殊じゃのぅ……」

涼介    「俺だけ普通じゃねぇって事かよ……」

ぬらりひょん「この世界には二種類の妖怪がいる。憎しみが膨張した悪の妖怪と、成仏する事を目指す人間の心が残った妖怪じゃ」

涼介    「成仏する事を目指す?」

猫娘    「あの森の向こうに大きな山が見えるだろ? そこに女天狗という妖怪が住んでいる。そいつだけは元は人間ではない、初めからこの世界に居た唯一の妖怪だと言われている。そいつがあたし達を裁くのさ」

涼介    「裁くって……一体どういう事だよ?」

猫娘    「女天狗はいわば妖怪の裁判官だ。女天狗に認められれば成仏する事を許されるし、もう救いようがないと判断されれば、ここではない闇の世界に飛ばされてしまう……まぁ飛ばされてしまう可能性が高いのはさっき言ってた、悪の妖怪になっちまった奴らなんだけどな……」

涼介    「闇の世界に飛ばされたらどうなるんだ?」

猫娘    「ずっと苦しみから解放されずに、さまよい続けるって話さ。だからあたしらも他人事じゃないんだよ。いつ自分がそいつらのようになるかわからないからね」

ぬらりひょん「憎しみを膨らませ続けて悪の妖怪になると、理性を失ってしまう。そして誰かを傷つける事でしか、自分をコントロールできなくなってしまうのじゃ」

涼介    「じゃあ一体どうすればいいんだよ……」

ぬらりひょん「人間に近づくように、成仏する事を目指すしかない。わしらはここでその為の対策を練っている。どうじゃ涼介、お前もわしらと成仏する為に頑張らんか?」

涼介    「じいさん……気安く人の名前を呼ぶんじゃねぇよ!」

猫娘    「あんたねぇ、ぬらりひょん様はあたし達の大先輩なんだよ! それをじいさんだなんて!」

ぬらりひょん「猫娘、まぁよい」

涼介    「成仏するとかしないとか、そんなの俺には関係ねぇ。どの道、俺はこの見た目で、人間でもなけりゃ妖怪でもないんだ。もうこんな人生どうだっていい、闇の世界に飛ばされようが俺は全然構わねぇよ。大体お前達は勝手に……」

猫娘    「はいはい、わかったよ涼介。今日は疲れたから気分でも悪いんだろ。部屋に連れて行ってやるからねー」

涼介    「おい! だから俺の名前を呼ぶんじゃねぇって!」

猫娘    「なぁ、ぬらりひょん様、こいつ泊めてやってもいいだろ?」

ぬらりひょん「あぁ構わん。ここは誰でも大歓迎じゃ」

涼介    「だから勝手に話を進めるんじゃねぇよ。誰も泊まるなんて……」

猫娘    「さっ、行くよー」

 無理矢理に涼介を下手へと引っ張って行く猫娘。そのままはける。

涼介    「ちょっ……ちょっと待てってー!!」

 その光景を意味深な表情で眺めているぬらりひょん。

 暗転

 第二場 

 夜。涼介の部屋。上手にいる涼介。板つき。ドアをノックする音が聞こえる。

猫娘    「あたしだよ。入ってもいいかい?」

涼介    「嫌だ……」

 気にせずズカズカと下手から入ってくる猫娘。

涼介    「お前、確認する意味あったのかよ!!」

猫娘    「ほんとにあんたって可愛くない奴だね。せっかくしばらくここに居てもいいって、ぬらりひょん様も言ってくれてるんだし、少しは感謝しなさいよ!」

涼介    「別に俺は頼んだ訳じゃ……」

猫娘    「ん?」

涼介    「……わかったよ……」

猫娘    「よろしい。 で、どうなんだい? 少しは整理できた?」

涼介    「……さぁな」

猫娘    「まだ成仏しようと思わないんだ?」

涼介    「あぁ……成仏するって事は全部受け入れるって事だろ? その後、自分がどうなるかもわかんねぇし、そもそもこんな死に方、納得なんてできるかよ!」

猫娘    「そうか……」

涼介    「それにいちいち、この爪や牙が目に入りやがる……」

猫娘    「あたしもここに来て、初めの頃はそうだったのかもな……」 

涼介    「おまえもか?」   

猫娘    「あぁ自分の姿が恐ろしくて、どうしたらいいのかもわからなくて、毎日泣いてたさ。けどそんなあたしをぬらりひょん様はここに迎え入れてくれたんだ。あの人には本当に感謝してるよ」

涼介    「感謝ねぇ……なぁあの森の物騒な奴らが、お前らが言う悪の妖怪なのか?」

猫娘    「……そうだね」

涼介    「何であいつらは争いを続けてるんだ? 争っても別に死ぬ訳じゃねぇんだろ?」

猫娘    「さっきぬらりひょん様が言ってたじゃないか。憎しみで心が飲み込まれてるから、誰かを傷つける事でしか自分をコントロールできないって。だから一向に争いは終わらないんだよ」

涼介    「この場所には、襲いかかってこないのか?」

猫娘    「何度も襲われたよ。今まで住んでた屋敷も壊されてもう散々だったさ。この屋敷なんてもう三件目だからね。ぬらりひょん様も大変だったよー」

 和やかに微笑む猫娘。理解できない涼介、口調が強くなってしまう。

涼介    「……何でそんな風に笑えるんだよ? 腹が立たないのか? やり返さないのかよ?」

猫娘    「一緒になって戦ったって、暴力では何も解決しない。それじゃあたし達まで、憎しみに飲み込まれてしまうよ」

涼介    「じゃあやられたらずっとやられっぱなしなのか? そんなの格好悪いじゃねぇか!」

猫娘    「あたし達には、あたし達なりの戦い方ってのがあるんだよ。明日になればわかるさ」

涼介    「何だよそれ、訳わかんねぇ……」

 しばらく沈黙が続く。突然、切り出す猫娘。

猫娘    「……それよりさ、涼介が生きていた頃の話を聞かせてくれよ」

涼介    「は? 何でそんな事、お前に教えなきゃならねぇんだよ」

猫娘    「いいだろー減るもんじゃないし。あの森で助けてあげたのは一体誰のおかげ……」

涼介    「あーもう、わかった! わかったよ!」

猫娘    「そうそう、素直が一番」

涼介    「ったく……」  

 深く考える涼介。ゆっくりと話し始める。

涼介    「……俺は、小さい頃からばあちゃんと二人暮らしだった。色々あって俺のそばに実の親はいなくて、だからばあちゃんが俺にとっては親みたいな存在だったんだ」

猫娘    「そのおばあさんとは仲が良かったのかい?」

涼介    「あぁ、けどそれが原因でよく周りの奴らにからかわれてたよ」

猫娘    「あんたが? 想像つかないね?」

涼介    「小さい頃の俺は本当に泣き虫だった。いじめられたり、喧嘩でやられたりして、いつも家で泣いてたよ。そしたら必ずばあちゃんがやって来て、俺を慰めてくれたんだ……そして歌を歌ってくれた」

猫娘    「歌?」

涼介    「あぁ、音楽の授業で習った歌だ。俺がその歌を好きだって知ってたから、ばあちゃん大して上手くもないのに、俺の為に一生懸命に歌って、慰めてくれたんだ……それが本当に心地良くて……どこか安心した……」

猫娘    「……」

涼介    「俺が高校を卒業した頃にばあちゃんは亡くなった。いつも言われてたんだ、あんたはどこか頼りないから、あたしが死んでからちゃんとやっていけるか心配だって……だから俺はいつまでも泣き虫な奴じゃ駄目だと思ったんだ。ばあちゃんに心配かけない、一人でなんでもできる人間になるんだって……だから俺は自分でできる事はなんでもやった、それが俺にできるばあちゃんへの唯一の恩返しだって……」

 ふと猫娘を見る涼介。真剣な表情で話を聞いている猫娘。     
 目が合う二人。ふと我に返りどこか恥ずかしくなる涼介。

涼介    「……って俺は何でそんな話してんだよ! おぃ、もう十分だろ!」

猫娘    「なんだよーまだ続きがあるんじゃないのかい?」

涼介    「もうねぇよ、ほらさっさと寝てくれ」

猫娘    「はいはい、じゃあまた明日ね!」

 下手へとはけていく猫娘。一人になり頭を抱える涼介。

涼介    「何、話しちまってんだ俺……」 

 暗転

 第三場

 翌日。ぬらりひょんの屋敷。涼介を待っている猫娘、ぬらりひょん。
 上手のテーブルには雪女、座敷童、河童が座っている。
 下手から涼介がげっそりした顔でやってくる。

猫娘    「おはよう! どうしたんだいその顔は? 眠れなかった?」

涼介    「真夜中にどこからともなく、変なうめき声が聞こえて来て。気がついたら部屋の中がとてつもない寒さで……それで……は……はっくしゅん!!」

猫娘    「あぁ、そりゃあんたの隣の部屋の雪女さんだよ」

涼介    「雪女さん?」

ぬらりひょん「わしらと同じ妖怪じゃ」

涼介    「えっ! どういう事だ? もう一度言ってくれ」

ぬらりひょん「わしらと同じ妖怪じゃ」

涼介    「何、馬鹿正直に繰り返してるんだよ、じいさん! そんな事じゃねぇって! って事はこの屋敷には、他にも妖怪が居るって事だよな?」

ぬらりひょん「まぁそういう事になるのぅ」

猫娘    「いわばあんたの先輩達だよ」

涼介    「あぁ、そういう事か……何だか頭痛くなってきた……」

 頭を抱える涼介。ふと上手のテーブルを見て驚く。河童、座敷童、雪
 女、屋敷の妖怪達が勢揃いしている。

涼介    「こ……こいつらがそうか?」

猫娘    「こほん……じゃあ自己紹介していくな。まずは雪女さん」

雪女    「雪女よ、よろしく」

猫娘    「どうだー色っぽいだろーこの世界では何かとファンが多いんだぞ」

涼介    「雪女? じゃあお前か! 昨日、隣の部屋で変な声出したり、急に気温下げたりしてたのは! おかげでこっちは寒くて眠れなかったんだぞ!」

雪女    「何この坊や? 失礼ですわね。それにその格好は本当に私達の仲間なのかしら? 悪の妖怪達と同じなんじゃなくて?」

涼介    「何だとこの野郎……」

ぬらりひょん「まぁまぁ、雪女。涼介はまだ新入りなんじゃ。少し多めに見てやっておくれ」

雪女    「あらっ、ぬらりひょん様がそうおっしゃるなら、その通りにしますわ」

涼介    「……へっ、気にいらねぇな」

猫娘    「次は河童だ」

 席から立ち上がる河童。

河童    「あっしの名前は河童って言うんだ、よろしくな! しかしあっしは嬉しいよ! 同じ仲間がいるなんてさーここに来た時は心細くて仕方がなかったんだー、けど段々この姿に慣れていくうちにさ、人間だった頃は全く興味もなかったのに、最近きゅうりが美味しいんだよー君はきゅうり好きかい? きゅうりはいいよーきゅうり好きに悪い人は居ないって本当にそう思うよーところでね、きゅうりには栄養が多く含まれててね……」

猫娘    「どうだーとっても話すのが上手いだろ」

涼介    「いや……上手いっていうか……なんなんだこいつ? テンションが高すぎてとてもついて……」

河童    「そんな事ないよー僕たちはきっと仲良くやっていけると思うんだ。 何でかって? それは同じきゅうり好きだからだよーきゅうりを思う気持ちがあればきっと大丈夫さーでもこう見えて最近はちょっとダイエット中なんだ……やっぱり健康にも気をつけていかないとねー」

涼介    「……じいさん、いつの間にか俺がきゅうり好きだって事に、話がすり替わってるんだが……」

ぬらりひょん「まぁ、悪い奴ではないのじゃ。少し多めに見てやっておくれ」

河童    「……風の噂ではどこかの湖に、金のきゅうりと、銀のきゅうりってのがあるらして……」

猫娘    「じゃあ次は座敷童だ」

 席から立ち上がる座敷童。

座敷童   「あのどうも……あたし……座敷童……あの……その……よろし……く……」

猫娘    「どうだーとってもキュートだろ?」

座敷童   「あたし……そんなに……キュート?」

涼介    「あぁ、そうだな……というか他の奴らの個性が強すぎて、あんたが一番まともに見えるよ」

雪女    「坊や……それはどういう意味ですの?」

涼介    「その坊やって言い方やめてくれるか? 雪・女・さ・ん?」

猫娘    「はいはい、喧嘩をするのもそのくらいにして! 最後はほらっ、あんただよ!」

 ゆっくりとみんなの前にでる涼介。

涼介    「俺は涼介……何でかわかんねぇけどこんな姿で、人間の頃の名前も覚えてる。何て言うかその……よろしく」

猫娘    「あんたも素直じゃないねー」

涼介    「うるせぇ」

 拍手をしてもらう涼介。

ぬらりひょん「みんな自己紹介は終わったな。それじゃあ改めて話を進めて行こうと思う。この屋敷の先にある森で戦いが行われている事は、みんな知っておるのぅ?」

 ちらっと涼介の方を見るぬらりひょん。

涼介    「俺も猫娘から聞いた」

ぬらりひょん「うむ、戦いと言っても悪の妖怪達がお互いに争いあっているのじゃ。最近ではその規模も大きくなって、わしら他の妖怪にまで被害が及んでおる。というより、わしらは奴らに憎まれているのじゃ……わしらの目的はなんじゃ? わかる者は手を挙げぃ!」

河童    「はーい、はーい! はーい、はーい! はーい……」

 大声をあげて挙手する河童。

ぬらりひょん「では座敷童」

 挙手をしていない座敷童が当てられる。へこむ河童。
 けらけらと笑う涼介、河童の肩をぽんっと叩いて

涼介    「まぁいい事あるって」

座敷童   「え……えっと……成仏する事?」

ぬらりひょん「正解じゃ」

座敷童   「へへ……当たった」

 照れる座敷童。

ぬらりひょん「わしらの目的は成仏する事じゃ。だから悪の妖怪に攻撃されたのをやり返していたら、憎しみが募り、わしらまであいつらのようになってしまう」

涼介    「じゃあどうすんだよ?」

ぬらりひょん「だからあくまで人間らしい戦いするのじゃ」

雪女    「人間らしい戦い?」

ぬらりひょん「みんな人間だった頃の事はそれぞれ覚えておるのう? では音楽というものがあったのも覚えておるか?」

河童    「あっしは覚えてるよ! 聞くのもよかったけど、演奏するのもスカッとしたなーちなみにあっしはギターが得意だったんだ、なんでかっていうとなー話せば長くなるんだが……」

座敷童   「あたしも……音楽……好き……」

雪女    「けどぬらりひょん様、その音楽と人間らしい戦いと、どう関係するんですの?」

ぬらりひょん「音楽とは楽器を演奏したり、歌を歌ったりする事じゃ。それを聞いて人間は心を動かされる。だからわしらにもそれが出来んかと思うのじゃ。もう理性を失ってしまった悪の妖怪に、暴力で対抗するのではなく、わしらは音楽で対抗する。もしかするとあいつらも人間の心を取り戻すかもしれん……そこで……」

ぬらりひょんと猫娘以外の全員  「そこで?」

ぬらりひょん「わしはこのみんなで合唱団を結成しようと思う」

 突然の事に驚く一同。しばらく沈黙。

涼介    「合唱団って……じいさん、本気で言ってるのかよ……」

ぬらりひょん「わしは最初から本気じゃ」

猫娘    「あたしがぬらりひょん様に相談したんだ。悪の妖怪も元は人間で、あたし達のような時もあって、理性を失って不安定ではあるけど、しばらくすれば闇の世界に飛ばされるかもしれないってのが、やっぱり可哀想っていうか……」

涼介    「猫娘……」

猫娘    「なぁみんな挑戦しないか? あたし達も音楽をやってる内に、人間の心を完全に取り戻せるかもしれないんだ、それが女天狗に認められれば成仏だって夢じゃないよ!」

雪女    「私は猫ちゃんと、ぬらりひょん様に賛成ですわ」

河童    「あっしも大賛成さ! そのご褒美には是非ともきゅうりを腹一杯……」

座敷童   「あたしも……合唱団……やりたい……」

 涼介の返事を気にしている一同。

ぬらりひょん「涼介、お前はどうなんじゃ?」

涼介    「俺は……前も言っただろ。成仏なんてしなくていい、合唱団なんて面倒な事、お前達で勝手に……」

猫娘    「いやーみんな涼介は素直じゃないんだ。こんなムスッとした顔してるけど、本当は歌いたくて歌いたくて仕方がないんだよ。だからみんな、こいつを精一杯支えてやってくれ!」

涼介    「おい!」

 慌てる涼介。

雪女    「仕方ないですわ……」

河童    「あっしに任せておいてくれ!」

座敷童   「支えて……あげる……」

 予想外の声が返って来たので、どう反応すればいいのかわからない涼介。

ぬらりひょん「……という事らしいがどうかのう?」

涼介    「……わかったよ……じゃあ少しだけつき合ってやる。けどつき合うだけで歌うのはお前達だからな!」

顔を見合わせ喜ぶ猫娘とぬらりひょん。

ぬらりひょん「よし、では早速明日から練習開始じゃ!」

一同    「おーっ!」

 暗転

 第四場

 翌日。ぬらりひょんの屋敷。ぬらりひょん、猫娘、雪女、座敷童、河童 
 一列に並んで歌っているが聞けたものではない。それを見ている涼介。
 いてもたってもいられず、

涼介    「あーっ、ったくお前らどんだけ下手くそなんだよ!!」

雪女    「そういうけどね坊や、これって結構難しいんですのよ……」

座敷童   「なんか……みんなバラバラ……音程も……リズムも……」

河童    「おっかしいなー、あっしだけの時はもっと上手くいくんだけどなー……」

猫娘    「みんな昨日のやる気はどこいったんだよ! ぬらりひょん様を見てごらん、一番高齢なのにあんなに元気に頑張って……」

 ぬらりひょんに注目する一同。

ぬらりひょん「もうクタクタじゃ……」  

 すっかり疲れているぬらりひょん。一同、こけそうになる。

涼介    「じいさん、いくらなんでも早すぎないか?」

ぬらりひょん「いやいや、すまん。しかし年には勝てんのぅ……」

猫娘    「ぬらりひょん様、ゆっくりで大丈夫だからな!」

涼介    「とにかく! いきなり歌おうとするから駄目なんだよ!」

雪女    「偉そうな坊やね。 じゃあどうすればいいんですの?」

涼介    「発声練習だよ」

涼介以外の一同「発声練習?」

涼介    「お前達、何も知らねぇんだな? 本当に人間の記憶が残ってるのか?」

猫娘    「発声練習って……順番に音程を上げて行くあれかい?」

涼介    「上げるだけじゃ駄目だ。あとは腹式呼吸って言って、腹から声を出すんだよ」

座敷童   「……腹から? ……ノドからじゃ駄目?」

涼介    「駄目。それじゃあ長く歌えないし、声量も上がらないんだ」 

河童    「涼介、涼介! じゃああっしの腹式呼吸を駆使した声を聞いてくれ!!」

 大きく息を吸い込む河童。そして吐き出す。

河童    「はぁ〜〜!!!!!!」

 強烈な音。一同、耳をふさいでしまう。

河童    「どうかなみんな、あっしの美声は?」

 一人で満足した様子の河童。

猫娘    「うるさい」

雪女    「最低」

座敷童   「成仏しそう」

ぬらりひょん「ユニークじゃな」  

 へこむ河童。けらけらと笑う涼介、河童の肩をぽんっと叩いて

涼介    「まぁいい事あるって……ってそんな事やってる場合か! もうわかった、俺がやるからちゃんと聞いとけよ!」

 試しに軽く発声練習をしてみる涼介。

涼介    「はっ、はっ、はっ、はっ、は〜♪ はっ、はっ、はっ、はっ、は〜♪ はっ、はっ、はっ、はっ、は〜♪(音程を上げていく)」 

 この中の誰よりも上手い事に驚く一同。

一同    「おーっ!」

座敷童   「涼介……上手い……」

雪女    「坊や、見直したわ!」

猫娘    「ほんと、すごいよ! なぁぬらりひょん様?」

ぬらりひょん「あぁ、美しい声じゃ」

涼介    「え……そうか?」

 褒められてまんざらでもない涼介。

河童    「いいなー涼介はみんなに褒められて、そんなに上手いんなら歌えばいいのに……」

涼介    「だからつき合うだけだって言っただろ」

座敷童   「じゃあ……涼介……みんなの先生……」

涼介    「え……」

猫娘    「先生……いいじゃないか!」

雪女    「私も坊やのあの声が忘れられませんわ、是非ご指導願いたい」

涼介    「ちょっと待てよ、俺そんな本格的な事なにもやってないぞ。ただ知ってる事やっただけ で……」

ぬらりひょん「しかし、この中では一番涼介が上手かったぞ」

涼介    「じぃさん……」

ぬらりひょん「涼介に歌の指導をしてもらう事に、賛成の者は手を挙げぃ!」

 みんな一斉に手をあげる

涼介    「お前達って、変に団結力あるよな。わかったよ、ただ今日は先に戻るぞ。慣れねぇ事したからもぅ疲れちまったよ」

猫娘    「ありがとう涼介、これからもよろしくな!」

 無言で頷き、下手へとはけていく涼介。

ぬらりひょん「よし、わしらは続けて練習じゃ!」

雪女    「ぬらりひょん様、お体はもうよろしいんですの?」

ぬらりひょん「若いもんが頑張っておるのに、わしだけ休んでられんよ」

座敷童   「練習……頑張る……」

河童    「あっしも本当の美声目指して頑張るぞー」

 みんなそれぞれ発声練習を始める。しかし相変わらずの下手っぷり。

猫娘    「……本当に大丈夫かな?」

 暗転    

 第五場

 数日後。全員板つき。中央と上手にテーブルが二つ。中央にはぬらりひょんと猫娘、上手には涼介、雪女、座敷童、河童。それぞれテーブルを囲み盛り上がっている。

猫娘    「それにしても合唱団の親睦会だなんて、ぬらりひょん様も粋な事するよな」

ぬらりひょん「わしらはいわば不安定な状態じゃ、だからいつどこで誰と別れるかもわからん。少しぐらいは構わんじゃろ。それにしても涼介はいつの間にか、みんなの人気者になっておるのぅ」

 涼介がいるテーブルを眺めるぬらりひょんと猫娘。

河童    「やっぱ涼介は最高だよーあっしは初めて会った時から思ってたんだ。これは親友になれるってね、特に同じきゅうり好きってところが魅力的だよ」

涼介    「だからきゅうり好きじゃねぇって言ってるだろ!」

座敷童   「ねぇ……涼介……あたし……歌上手くなった?」

涼介    「あぁ相当な上達っぷりだ」

座敷童   「ほんと? とても……うれしい……」

河童    「涼介ー何かあっしの時と全然態度が違わないかい?」

涼介    「気のせいだ」

雪女    「それにしても大分練習しましたものね……この一生懸命何かに取り組む感覚、人間の頃を思い出しますわ」

涼介    「雪女さん、人間の頃と今とあんまり変わってなさそうだな」

雪女    「あら涼介も人の事、言えなくてよ」

河童    「あっしはびっくりだねー涼介も雪女さんも、まともに相手の名前なんて呼んでなかったのに」

座敷童   「みんな……仲良し……」

 みんな楽しそうに笑う。それを眺めている猫娘。

猫娘    「ぬらりひょん様、何だか楽しいね……」

ぬらりひょん「そうじゃのぅ」

猫娘    「あたし、ずっとこんな時間が続けばいいのになって思うよ…………ねぇ……本当に成仏する意味ってあるのかな?」

ぬらりひょん「……それはわしにもわからん」 

猫娘    「そうだよな、誰もわかんないよな……」

ぬらりひょん「猫娘。妙な事を考えん方がいい。どの道、わしらはこの世界に長く居るべきではないのじゃ」

猫娘    「うん、ごめん。……ぬらりひょん様、涼介はあれからどうなんだろう……成仏する事を考えてくれたのかな?」

ぬらりひょん「どうじゃろうな、あいつも色々抱えてるみたいじゃし、何より素直ではないからのぅ。しかし……かと言って悪い奴でもない。それはお前が一番わかってるのではないのか?」

猫娘    「うん……」

 突然、涼介だけに声が聞こえる。

謎の声(こっちへこい……こっちへこい……)

涼介    「ん? 誰か何か言ったか?」    

河童    「あっしは何も言ってないよ」

雪女    「私も……座敷童ちゃん、あなた何か言ったかしら?」

座敷童   「何も言ってない……」

河童    「涼介ー耳でも急に悪くなったんじゃないのー、ちなみにあっしの耳は地獄耳で評判でね ー、あれは今から何年も昔の話になるんだが……」

 またしても声が聞こえる。さっきよりもさらに大きく

謎の声   (こっちへこい……こっちへこい……こっちへ……)

 耳を澄ます涼介。

涼介    「やっぱり……聞こえる……なぁ、お前達には何も聞こえないのか?」

雪女    「……何も聞こえませんわ」

座敷童   「みんなの声しか……聞こえない……」

河童    「涼介ー本当に大丈夫か? あっしはもう心配で、心配でよー」

 心配そうな目で涼介を見る雪女、座敷童、河童。 
 ぬらりひょんと猫娘は涼介の異変に気づいていない。    

涼介    「あぁ、大丈夫だ。少し疲れてるだけだから……」

 またしても声が聞こえる。さらに大きく、

謎の声   (何をしている……早くこっちへこい……こっちへこい……)

涼介    「ごめん、ちょっと部屋で休んでくるわ」

座敷童   「涼介……大丈夫?」

雪女    「涼介はみんなの先生ですのよ。お体を大切にね」

涼介    「あぁ、ありがとう」

 席を立ち上がり下手へと向かう涼介。少し涼介が気になる様子のぬらり
 ひょんと猫娘。ふと舞台の隅で立ち止まる涼介。

涼介    「一体、何なんだよ……この声は……」

謎の声   (こっちへこい……こっちへこい……)     

頭を抱える涼介。

涼介    「ちくしょう……うるせぇ……」

 不意にみんなが楽しんでいる姿が目に映る。大きな声で笑っている。
 それをじっと眺めている内にどこか不安になる涼介。
 その場で固まってしまう。

謎の声   (今の幸せが……いつまでも続くと思うな……)

涼介    「えっ……」

謎の声   (世界は理不尽だ……すぐに大切なものを奪っていってしまう……)

涼介    「やめろ……」

謎の声   (憎しみだけが自分を救ってくれる……憎しみは決して自分を裏切らない……)

涼介    「やめてくれ……」 

謎の声   (…………お前にも心当たりがあるのだろう?)

涼介    「やめろって言ってんだろっ!!」

 大声を上げる涼介。驚く一同。

猫娘    「涼介? 汗だくじゃないか……一体どうしたんだい?」

涼介    「はぁ……はぁ……」

 息が荒く、苦しくなってしまう涼介。心配で涼介に近づく猫娘。

涼介    「俺に近づくんじゃねぇ!」

 そのまま下手へとかけていく涼介。驚く猫娘、その場に立ち尽くす。
 沈黙、誰も口を開こうとしない。      

 暗転    

 第六場

 涼介の部屋

涼介    「どうしちまったんだろ……俺……何であんな言葉に反応して…………この不安な気持ちは一体なんだ……」

 落ち着かない様子の涼介。

涼介    「俺なんかがあいつらと楽しそうにして……こんな事やってても無意味だってわかってるのにな……」

 ドアをノックする音。

涼介    「猫娘か?」

 応答がない。

涼介    「変に気を使わせちまったかな……」

 ドアを開けにいく涼介。しかし予期せぬ相手に、思わず後ずさりしてしまう。

涼介    「……お前は……あの森にいた……」

 下手から登場する悪の妖怪。

悪の妖怪  「……お前は死を受け入れているのか?」

涼介    「いきなり何だよ? 礼儀って奴を知らねぇみたいだな」

悪の妖怪  「……死を受け入れているのかと聞いている?」

涼介    「そんな事、言いたくないね。 お前だなずっと俺に変な事、言ってたのは。 いちいちうるせぇからやめてくれるか!」

悪の妖怪  「お前の様子を見させてもらった。お前はここにいるべきではない、私達と仲間になるべきだ」

涼介    「…………悪の妖怪か?」

悪の妖怪  「他の妖怪はみなそう呼ぶ。しかし私達からすれば、私達以外はすべて悪だ」

涼介    「……どういう事だ?」

悪の妖怪  「お前は事故で突然この世界に来たそうだな? それはつらく苦しい事、死を受け入れられないのも無理もない。だが考えてもみろ。お前以外の人間はお前が死んでからも、楽しい生活を送っているのさ。悲しむのは一瞬だけ、その後は他人事だ。お前はそれに腹が立たないのか? どうして自分だけ死んだのだと不公平に思わないのか?」

涼介    「それは…………」

悪の妖怪  「今ここでの楽しさなど所詮は幻想だ、偽物だ。誰もお前なんかを必要としていない。だからこの場所にいるのではないか。成仏する事もできず、未練だけを抱えて……」

涼介    「……」

悪の妖怪  「幸せを手に入れても、それはあっという間に奪われる。お前はそれを一番知っているのではないのか?」

涼介    「……」

 体を震わせる涼介。

悪の妖怪  「憎め! 憎め!! お前は憎くないのか!?」

涼介    「…………憎いさ…………」

 小さくつぶやく涼介。

悪の妖怪  「もっと感情を吐き出せ!! お前はこっち側の妖怪だ、憎しみで破壊するのだ!! お前をこんな運命に追いやった全てを破壊するのだっ!!!」

 しばらく何かを考え続けていた涼介。さらに体を震わせる。

涼介    「憎い…………あぁ憎いさ!! 他の奴らも、理不尽な世の中も、そして何もできなかっ た…………俺自身が一番憎い!!!」

悪の妖怪  「そうだ! そうだ! 憎むのだ!!! はっはっはー!!!!」

 体が憎しみで浸食されていく涼介。苦しみ始める。

涼介    「憎いっ……憎いっ………………ぐわあぁぁっ!!!」

 しばらくして落ち着きを取り戻す。その表情は今までの涼介ではない。
 憎しみにとらわれ 別人と化している。

涼介    「はぁ……はぁ……ふっ……何だか区切りがついたよ。俺はやっぱりこの方が性に合っている。自分の死を受け入れる? 憎しみを無くす? そんな事は無理だ。……お前達の仲間になってやるよ。どこの世界に飛ばされようが、このままずっと暴れ続けてやるさ!!」

悪の妖怪  「はっはっはー!!! いい返事だ!! お前はきっと戦いの中で英雄になれるぞー!!!」

 その時、下手から猫娘がはいってくる。

猫娘    「お、お前は……悪の妖怪!! 一体ここに何しに来たんだ!!」

悪の妖怪  「邪魔がはいったな……なぁにこいつが私達の仲間になりたいと言うから、迎えにきてやったんだ」

猫娘    「馬鹿な事、言ってるんじゃないよ! 涼介があんた達の仲間になんかなる訳ないじゃないか!」

悪の妖怪  「ならば本人に聞いてみたらどうだ?」

 ゆっくりと涼介の方を見る猫娘。下を向いたまま何も言わない涼介。
 その様子を見て、不安が募る猫娘。

猫娘    「えっ……」

 下を向いたまま何も言わない涼介。

猫娘    「おぃ、嘘だよな?」

 下を向いたまま何も言わない涼介。

猫娘    「何とか言ってくれよ……涼介……」

 下を向いたまま何も言わない涼介。

猫娘    「おい!! 涼介!!」

 下を向いたまま何も言わない涼介。ふと顔を上げ猫娘と目が合う。
 涼介の表情が変わっている事にショックを隠しきれない猫娘。

猫娘    「……嘘だって…………言ってくれよ……」

 その場に崩れてしまう猫娘。

悪の妖怪  「さあ、行くぞ!」

 下手にはけていく悪の妖怪と涼介。涼介、去り際に猫娘に

涼介    「もう俺に構うな……」

 一人、取り残されてしまう猫娘。沈黙。込み上げてくるものが抑えきれない。

猫娘    「うわぁぁぁぁぁぁあっ!!」

 泣き叫ぶ猫娘。

 暗転

 第七場

 ぬらりひょんの屋敷。全員集合している。下手からやってくる猫娘。
 肩の力が抜けて、今にも倒れそうになっている。

座敷童   「猫娘……帰って来た……」

ぬらりひょん「涼介の様子はどうだったんじゃ?」

猫娘    「涼介は……」

 思わずふらつく猫娘。雪女に支えられる。

雪女    「猫ちゃんどうしましたの?」

河童    「落ち着いて話して! 落ち着いて話して!」

座敷童   「河童が……一番……落ち着いて……」

 息を整える猫娘。

猫娘    「ごめんな……」 

ぬらりひょん「で、何があったのじゃ?」

猫娘    「涼介が悪の妖怪の仲間になって……出て行った……」

 驚く一同。沈黙。

ぬらりひょん「そうか……」

猫娘    「あたし涼介を止められなかった……あたしは、あたしは……」

座敷童   「猫娘……」

猫娘    「…………最低だ……」 

 今にも泣き崩れそうな猫娘。

雪女    「猫ちゃんのせいじゃないよ」

猫娘    「けどっ!」

ぬらりひょん「雪女の言う通りじゃ、どの道、悪の妖怪が涼介に接触した時点で、結果は変わらなかったはずじゃ」

猫娘    「ぬらりひょん様……涼介はどうなるんだろう?」

ぬらりひょん「わからん……しかしただ黙っている訳にもいかんのぅ。涼介が悪の妖怪になる前に、みんなで救出しにいくのじゃ」

河童    「あっしは涼介を助けたい……あいつは親友だ……」

座敷童   「涼介……必ず助ける……」

雪女    「それはみんな同じ気持ちですわ」

猫娘    「うん……」

悪の妖怪の声「無駄な事だ……」

 下手から悪の妖怪が登場する。驚く一同。

ぬらりひょん「お前は……」

悪の妖怪  「久しいな、ぬらりひょん。今でもお前とその仲間を無茶苦茶にしてやりたくて、私の体はうずいているさ……」

ぬらりひょん「そうか……しかしわしらの仲間は、そんな事でバラバラになるような連中ではないんでのぅ」

猫娘    「おい! 涼介はどうなった! 勝手な真似したらあたしが許さないよ!」

悪の妖怪  「またお前か? しつこい奴だ……」

 周りを見渡す悪の妖怪。
 敵意をむき出しにしているぬらりひょん、猫娘、河童、雪女、座敷童。 

悪の妖怪  「ふん……あいつは我を忘れて、戦いを続けている。 おかげで私達にとっては大変な戦力だ」

ぬらりひょん「涼介を返してもらおうか?」

悪の妖怪  「返す? そもそもあいつが望んだ事だ」

河童    「あっし達が説得すれば、涼介は必ずわかってくれる!」    

雪女    「涼介は、あなた達のような妖怪ではありませんわ!」

悪の妖怪  「無駄だと言っているだろう……もうお前達の知っている奴ではない」

座敷童   「どういう……事?」

悪の妖怪  「憎しみに心が飲み込まれているのだ……暴れる事しかできず、まともに話を聞けるような状態ではない」

猫娘    「そんな……」

悪の妖怪  「もう誰の言葉も届かないだろう……私はそれをお前達に忠告しにきた……無駄な気を起こさないようにな……」

 言葉が出ない一同。

ぬらりひょん「お前達はなぜそんなにも誰かを憎むのじゃ?」

悪の妖怪  「そんな事……今更お前達と話し合えるわけがない。私達は憎み、破壊し、戦う。ただそれだけだ……」

 下手にはけていく悪の妖怪。

河童    「あの野郎! 涼介を一体なんだと思ってやがるんだ!」

雪女    「誰の言葉も届かないだなんて……」

座敷童   「涼介……可哀想……」

猫娘    「ぬらりひょん様……このままだと涼介、女天狗に闇の世界へ飛ばされてしまうんじゃ……」

ぬらりひょん「その可能性は高いのぅ、一度女天狗の山に行って、事情を説明した方が良さそうじゃ」

雪女    「とうとう行く事になるんですのね……」

座敷童   「女天狗……怖い……」    

河童    「けどもしあっし達が女天狗と話して、それでも駄目だったら……」

 沈黙

猫娘    「その時は……」

 猫娘に注目する一同。

猫娘    「その時はみんなで…………歌わないか?」

 何かに気づく一同。

猫娘    「あたし達は合唱団なんだ。あたし達の歌を、思いを、涼介に届けるんだよ!」

ぬらりひょん「猫娘……」

猫娘    「ぬらりひょん様、あたし変な事、言ってるかな?」

ぬらりひょん「いいや……その通りじゃ。みんなも猫娘の意見に賛成のようじゃしのぅ」

 無言でうなずく一同。

ぬらりひょん「涼介はわしらと同じ合唱団じゃ。あいつが驚く様な合唱をしてやろう。わしらの歌で涼介を助けてやるのじゃ!」 

雪女    「今まで頑張ってきたんですもの、必ず成功しますわ!」

河童    「よーし、やるぞー」

座敷童   「涼介の為に……歌う……」

猫娘    「うん! 頑張ろう!」

ぬらりひょん「それではみんな、時間はあまり残されてはおらん! 最後の練習を始めるぞ!」

 暗転

 第八場

 数日後。女天狗が住む山。
 森で行われている戦いを、中央で眺めている女天狗。板つき。

女天狗   「また戦いが始まったか…………全く理解に苦しむ……」

 下手から涼介が現れる。ふらふらで苦しんでいる。

涼介    「お前が……女……天狗か?」

女天狗   「いかにも我が女天狗だ」

涼介    「頼みが……ある……俺を……闇の世界に……飛ばせ……」

女天狗   「闇の世界か……確かに存在するな。ただしそこに飛ばされれば一生苦しみから解放される事はない。それでもかまわぬと言うのか?」

涼介    「あぁ……」

女天狗   「ふっ……あいにくだが我はこの世界の裁判官。他の妖怪の望みを聞く事はできん。お前がどうなるかは我が判断する事だ」

涼介    「じゃあどうなんだよ……今の俺は……十分……その資格があると思うんだがな……」

女天狗   「資格だと?」

涼介    「あぁ……こんな姿で……憎しみに支配されている……人間なんて要素はこれっぽっちももない……悪の妖怪になるのも時間の問題だ……」

女天狗   「ほぅ……」

涼介    「それでも足りねぇって言うんなら……お前を傷つける事もできるが…どうだ?」

女天狗   「笑わせよる……無駄だ、やめておけ」

涼介    「……冗談だよ……」

 どんどん息があがっていく涼介。

涼介    「はぁ……はぁ……」

女天狗   「……我はお前達人間がやっている事の理解に苦しむ。なぜ死んでまでなお同じ者同士で戦い続ける? お前が言うように、今まで数多くの悪の妖怪を闇の世界に送ってきたが、みな最後までやめようとはしなかった……一体なぜだ?」

涼介    「さぁな……」

女天狗   「我はもうお前達人間には、期待しておらん。その内、自らの手で自分達の世界を滅ぼすのではないかと思っているのだが……なぜ学ぼうとしない? なぜ何度も同じ事を繰り返す?」

涼介    「……俺も含めて……どいつもこいつも弱いんだよ……だから力を持った奴の意見に合わせるしかないのさ……」

女天狗   「愚かな……」

涼介    「ぐっ……ぐあぁぁぁぁっ!」 

 さらに苦しみが増していく涼介。もうまともに話す事もできない。   

涼介    「そろ……そろ……限界みたいだ…………さぁ……女天狗……俺を……闇の世界に!!」

女天狗   「……」

涼介    「どう……した……早く俺を……」 

女天狗   「仕方あるまい……」 

猫娘    「涼介!!」

 上手からぬらりひょん、猫娘、雪女、河童、座敷童が登場する。  

ぬらりひょん「女天狗様、どうか待って下さい!」

女天狗   「何だお前達は?」

ぬらりひょん「その妖怪はまだ人間の心をもっております!」

女天狗   「人間の心だと? この状態でか? これほど憎しみを抱えておるのにか?」

猫娘    「けどっ! 本当なんです!」

河童    「闇の世界に飛ばさないでください!」

涼介    「お前達……余計な……事……するんじゃねー!!」

猫娘    「……もうボロボロじゃないか!」

座敷童   「涼介……苦しそう……」

涼介    「これは……俺の……問題だ……お前達には……関係ねぇ」

雪女    「関係ない事ないですわ!」

涼介    「俺は……お前達とは……違う……んだ!!」

座敷童   「違う事なんかない……涼介は優しくしてくれた……」

涼介    「やめろ……俺……は……」

河童    「涼介はあっしらの仲間だ!」

涼介    「そんなものは……偽物だ……」

猫娘    「偽物なんかじゃない……涼介とあたし達の思い出は絶対偽物なんかじゃない! 涼介……お願い、目を覚まして!!」

涼介    「俺は……憎い……全てが……憎い……お前達もみんな……壊す……」

ぬらりひょん「猫娘、涼介はもう……」

 何かを決意する猫娘。大声で女天狗に向かって

猫娘    「女天狗様、この妖怪を信じてやって下さい! 人間の心を持っているという事を、あたし達が証明します! その代わりもし私達の中で人間の心を持つにふさわしい者がいれば、その場で成仏させてやって下さい! お願いしますっ!!」

女天狗   「こんな状態でお前達に何ができるかわからないが……いいだろう……それが我の使命だからな」 

 お互いに目で合図する合唱団。苦しむ涼介に向かい一列に並ぶ。

猫娘    「聞いて、涼介……あたし達あれから一杯練習したんだ。あんたに教えてもらって、みんな本当に上達したんだよ。きっと気にいってもらえると思う……だから…………あたし達の歌を聞いて下さい……」

 合唱を始める妖怪達。 曲目「翼をください」 
 約三分半  フルコーラス    
 ラストサビ   歌っている途中で自分たちが成仏する事を悟る妖怪達。
 曲と一緒に事前に収録した台詞が入る

河童    「あっしと涼介はずっとずっと親友だからなー!!!!」

雪女    「涼介……あなたは優しい心を持っていますわ、それを忘れないで!!!!!」

座敷童   「あたし……涼介の事……大好き……絶対、忘れない!!!!」

ぬらりひょん「涼介……お前は人間なんじゃ、決して憎しみを持った妖怪ではない。向こうで待ってお る!!!!」

 曲、終了と同時に暗転。合唱メンバー猫娘以外 成仏していなくなる。
 暗転の間に上手へとはける。明転

女天狗   「悪の妖怪達の憎しみが消えていく……森の戦いが……終わっただと……」

 苦しみから解放されている涼介。驚きを隠せないでいる。

涼介    「みんな…………それに今の歌は……」

猫娘    「涼介、この歌大好きだったもんな……」

涼介    「え……」

猫娘    「家でいつも夢中になって歌ってた……」

涼介    「猫娘……何でそれを…………もしかして……」      

猫娘    「あんたはどこか頼りないから、あたしが死んでから心配だって……言ったろ?」

涼介    「…………ばあちゃん……なのか……」

猫娘    「……涼介、誰かを憎まないで……」

涼介    「……」

猫娘    「この世界を愛して……人を愛して……そして自分を愛してあげて……」

涼介    「ばあちゃん……」

猫娘    「あたしは……あんたを誰よりも愛していたよ……」 

 その場に泣き崩れる涼介。 

涼介    「ごめん、ごめんよ!! 俺、ずっとばあちゃんに心配かけて……」

猫娘    「心配かけ合うのが家族じゃないか……」 

涼介    「ばあちゃん、俺……もっと生きていたかったよ!」

猫娘    「うん……」

涼介    「自分のやりたい事、沢山、沢山やりたかったよ!」

猫娘    「うん……」

涼介    「もっともっと、ばあちゃんに俺の姿、見てもらいたかったよ!」

猫娘    「うん……」

涼介    「なのに俺が死んだら……意味ないじゃないか……」

猫娘    「あんたはよく頑張ったよ……」

涼介    「ばあちゃん……」

猫娘    「あんたがここに来てからも、あたしはずっと側であんたを見ていた。素直じゃないけど、少しずつ自分を受け入れようとしていた……」

涼介    「けど俺だけこんな中途半端な姿で……」   

猫娘    「あんたのその姿は、決して中途半端じゃない。ここに居る妖怪達の中であんたが一番、人間に近かったんだ。自分の名前を覚えていたのがその証さ」

涼介    「そうなのかな……」

猫娘    「あぁ、そうさ……」

涼介    「……ばあちゃんは俺が死んだ事、怒ってないのか?」

猫娘    「あぁ怒ってないよ」

涼介    「俺、ばあちゃんが亡くなった時、一生懸命生きようって決めたんだ。なのに……」

猫娘    「それじゃあ、あたし達の分まで後の人に生きてもらおうじゃないか」

涼介    「俺たちの分まで?」

猫娘    「人間はずっと生きてきた……これからもきっと生き続ける。だからあたし達の思いを託すんだよ」

涼介    「思いを……託す……」

猫娘    「そうさ、精一杯生きてもらうのさ」

涼介    「ちゃんと……受け取ってくれるかな?」

猫娘    「あぁ……きっと……」

涼介    「そうか……それなら俺が死んだ事も無駄じゃないんだな……」

 何かに気づく涼介。

涼介    「ばあちゃん、ありがとう。俺ちゃんと自分の責任を果たすよ」

 女天狗の前に立ち、頭を下げる涼介。

涼介    「女天狗様。無礼な事をして、本当に申し訳ありませんでした。俺を闇の世界に送って下さい! 一生、苦しみを背負う覚悟はもう出来ています!」

女天狗   「……我はお前の事を勘違いしていたようだ。お前の中には、確かに人間の心が残ってい た。お前の仲間達が証明してくれたのだ」

涼介    「え……」

女天狗   「だから……家族とゆっくり休みなさい……」

 驚く涼介。

涼介    「いいんですか?」

女天狗   「あぁ……」

猫娘    「よかったね、涼介」   

涼介    「本当に……ありがとうございます!!!」

 涼介と猫娘。二人見つめ合う。

猫娘    「さぁ、行こうか……」

涼介    「うん……」

 満面の笑顔で成仏していく涼介と猫娘。暗転。その間に上手へとはける。
 明転。中央に女天狗だけが残っている。
 ゆっくりと前まで歩いてくる女天狗。しばらくして立ち止まる。

女天狗   「……人間はいつになっても争いをやめない。しかし決して大きなものの為にではなく、彼らのように自分自身や、身近な誰かの為に生きれば争いはなくなるのではないだろうか? 誰かが誰かを思う気持ちを大切にすれば、憎しみに打ち勝つ勇気があれば、生きる事を大切にすれば。いつか人間がそんな世界を作る事を我は夢見ている………それまで暫し、様子を見る事にしよう……」

                                           エンド

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