〇5年4組 教室(2000年 過去 陸が元の世界に戻って二日後)
こないだまで花梨が座っていた席を眺めている陸。
今はもう誰も座っておらず、机と椅子だけが物悲しくぽつんと置かれている。
はーっと大きなため息をつく陸。
黒板の前ではイダセンが国語の授業をしている。
窓の外を見つめる陸。
どこまでも続いていきそうな雲ひとつない青空。
どこかうわの空の陸。
陸 「(朝起きたらおかんが泣き付いていた。 何度も俺の名前を呼んで……何でも丸一日寝続けてたからもう死んでると思ったってったく気持ち悪いっての……けど不思議なんだよなー。 何だか頭がぼーっとするし、ここ最近の事なんか全く覚えてないし……自分でも馬鹿な事、言ってるって分かってる。 けど本当なんだ……まぁこんな事、説明しても誰も信じてくれないと思うけど……それに今は7月25日だって? 学芸会は終わってるし花梨ももう転校しちゃってるじゃん……最悪だ……ほんと最悪だ……ったくのん気になにやってたんだよ俺は! …………結局……好きだって告白できなかったなぁ……」
再びため息をついてさらに表情が曇る。
陸 「(それにしても……何で警察が家にやってきたんだろ? 俺のこと犯罪者みたいな目で見ながら、何で部屋が散らかってるのかとか、何で火をつけたのかとか、そんなこと聞かれても知らねーっつうの。 あーっ、もう全く訳がわかんねぇ……それに俺が学芸会をぶっ壊したってどういう事だよ? そんな事あるわけねぇじゃん……あんなに練習したんだぞ……最初はみんで俺を騙してるんだと思ってた……けどいつまでたっても俺に対する態度は冷たいし、何か無視されてるっぽいし…………てかその話がもし本当だとしたら、俺は未だに花梨に勘違いされたままなのか?」
遠い目をする陸。
陸 「(…………戻りてぇな……花梨が転校したあの日に……ちゃんと笑顔で送り出してやりたかった……面と向かって好きだって事を言いたかった……突然未来のロボットがやってきてタイムマシンにでも乗せてくれれば、もう一度あの日に戻ってやり直せるのに……)」
遠くの景色を眺めてふっと一人笑う陸。
陸 「そんなことある訳ないか……」
〇東京 一人暮らしの花梨の家(2010年 同窓会二ヶ月前)
真っ暗な部屋。
かちっと音が鳴り部屋に明かりが点る。
花瓶に入った花が綺麗に飾られている。
どさっと床には鞄を、小さめのテーブルにはコンビニの袋に入ったパンと牛乳を置く花梨。
そのままベッドにばふっと倒れこむ。
遠くで電車の音が聞こえる。
長めの髪が乱れる。
ゆっくりと顔を横に向ける花梨。
ベッドの隅に追いやられたテディベアがこっちを見ている。
ぼーっと視線をそちらに向けて、テディベアの頭をぽんぽん触っている花梨。
急に何かを思い出したかのように起き上がる。
部屋の隅にある本棚の前に立ち何かを探している様子。
一冊の本に手をかける。
本のタイトル。
(フラワーデザイナー資格検定テキスト)
その本を取り出そうとした時、あるものの存在に気づく花梨。
花 梨 「あ……」
視線の先には少し古びてしまった五年四組の文集が。
手に取った本を元に戻し、代わりに文集を取り出す花梨。
ベッドを背にもたれ掛かるようにその場に座る。
テーブルに置いてあるコンビニの袋からがさごそと牛乳を取り出す。
ストローをさしてちゅーっと牛乳を飲む花梨。
文集をぺらぺらとめくっている。
懐かしさに浸るように表情が緩む。
ふとページをめくる手が止まる。
次第にどこか寂しそうな表情になっていく花梨。
開かれているのは陸の自己紹介のページ。
生年月日や将来の夢、先生に一言などが書かれている。
都会の真ん中にある、花梨一人しかいない部屋。
その部屋で何度も何度も同じページを眺めている花梨。
花 梨(語り) 「私は陸の事が好きだった……」
サブタイトル 『最終話 私の本当の気持ち……』
〇小学校前(回想)
花 梨(語り) 「初めて陸の事を知ったのは、まだ桜の花びらが舞う小学四年生の春……」
班登校をしている一組のグループ。
先頭は班長を任されている短髪で活発そうな六年の男子生徒。
花梨がその後ろに続き、隣のクラスの夏美、さらに後ろに二年の男子二人、一年の女子
一人、計六人がたて一列になって歩いている。
歩きながら桜の木を眺めている花梨。
きらきらと木漏れ日が差し込んでいる。
ひらりと花びらが一枚舞って落ちてくる。
それを興味心身に見ながら歩いている花梨。
前を見ていなかった為、どんっと班長のランドセルに後ろからぶつかる。
班 長 「おっ、大丈夫か? 池田」
痛そうに鼻を押さえながら、
花 梨 「ごめん、班長」
へへっと笑い、タメ口で謝る花梨。
左側には小学校の運動場が見え、朝から元気に遊んでいる生徒達の声が聞こえる。
班長を先頭に角を曲がって校門にさしかかろうとした時、当然後ろから大きな声が聞こえてくる。
声 「こらーっ!」
その声の後、一人の男子生徒が花梨たちの側をものすごい勢いで駆け抜けていく。
後ろを振り返って挑発するように、
男子生徒 「へへーん、誰が班登校なんかするかよ!」
一気に校内に入っていく。
少し遅れて後ろからもう一人、男子生徒がやってくる。
制服には六年生の証明である名札が縫い付けられている。
激しく息を乱しながら、
六年の男子生徒 「ったく……あの馬鹿」
その様子を見て同じ学年の班長がけらけらと笑う。
班 長 「またあいつか? 毎朝お前も大変だな」
六年の男子生徒 「本当だよ。 お前の班は大人しい子達ばっかで羨ましいな。 どうだ? 一日だけ俺と登校班交換しないか?」
班 長 「そんな事できないだろ。 ってか俺にあいつの世話は無理だ」
隣に並んで話をしている上級生。
きょとんとしている花梨。
後ろにいる夏美に話しかける。
花 梨 「今のって同級生だよね?」
驚いた顔をする夏美。
夏 美 「えっ、花梨知らないの? 出雲陸だよ。 問題児だって有名じゃん。 男子も女子もみんな怖がってあんまり近づこうとしないんだから」
花 梨 「ふーん」
再び歩き出す。
〇廊下
花 梨(語り)「陸は校内でとびっきりの有名人だった。 それもよくない噂で……」
廊下を全速力で駆け抜けていく陸。
花 梨(語り)「遅刻、早退は当たり前、上級生とでも平気で喧嘩をするし、万引きで親を呼び出された事も何度もあるらしい。 そもそもこんなに騒ぎを起こしていたのに、何で今まで私は陸を知らなかったんだろうって思う」
無邪気な表情の陸。
花 梨(語り)「けどみんなが言うほど悪い奴じゃない。 私は根拠もないのにはじめて見た陸に対して、そんな確信にも似た感情を抱いていた……」
そのまま教室に入っていく陸。
〇教室(回想)
花 梨(語り)「そんな私はというともちろん優等生なんかではなく、教科書を見ると一分も経たない内に気分が悪くなるし……」
自分の机に座って教科書を開いている花梨。
しばらくして何かがショートしたように頭からぷしゅーっと煙を出し、ふらふらになりながら机にうな垂れる。
〇廊下(回想)
大慌てで廊下を駆け抜けていく花梨。
花 梨(語り)「朝は大好きなアニメをつい長く観すぎてしまって、一時間目が始まってる教室に忍び込んでは先生に怒られる事もよくあった」
〇教室(回想)
教室の後ろの扉が開いて花梨がこっそり入ってくる。
授業をしている教師に結局見つかり怒られている花梨。
花 梨(語り)「ただ友達はありがたい事に男女問わず多かったように思う」
花梨の机の周りには沢山の友達が集まっている。
わいわい楽しそうに話をしている花梨。
花 梨(語り)「けど正直な所、私は周りのみんなが思っている以上に、天然でわがままで、頑固で……そのくせ筋の通らない事が昔から嫌いで……」
〇花梨の部屋(回想)
花 梨(語り)「この頃より一年前……好きだった親戚のお兄ちゃんに花梨は女の子らしくないって言われたのがショックで、それから極力周りにだけでもそれらしく見えるように、まだ幼いながら気を使い出したのを今でも覚えてる」
活発な格好の花梨。
可愛らしいスカートに履き替えて大きな鏡の前に立ってみる。
首をかしげながらぽりぽりと頭をかいている花梨。
〇花梨の家 玄関前(回想)
赤いランドセルを持って、勢いよく走っていく。
段々、花梨の姿が小さくなっていく。
花 梨(語り)「けどまだ小学四年生の私はそんな事が完璧にできてしまうぐらい器用な訳もなく、気がつくといつの間にか自分を抑えきれずに突っ走ってしまっていた。 あれは学校からのある帰り道の事……」
〇駐車場(回想)
友達と別れて一人、家に向かって歩いている花梨。
普段あまり人気がない駐車場を横目に通っていると異様な光景が。
隅のほうでカッターシャツを着た中学生二人が、花梨と同じ制服の小学生を囲んでいる。
少し近づきながらその様子を不思議そうに見ている花梨。
中学生A 「お前が後ろから突っ込んできたからよーチャリンコがぶっ壊れたじゃねーか。 どうしてくれるんだよ? あんっ?」
眉間にしわを寄せて、その小学生をにらみつける中学生。
その側にはボロボロの自転車が。
怯えながら、話し始める小学生。
小学生 「こ……これは……僕がぶつかる前から壊れてたじゃないか……」
中学生A 「何だと? おい、疑ってんのかてめぇ!」
小学生の髪の毛をつかんで、自分の顔を小学生の顔のぎりぎりまで近づけてさらに脅しをかける。
中学生B 「ぐだぐだ言ってねーで何か出せよ。 おいっ、弁償しろ!」
今にも泣きそうになっている小学生。
目の色を変えて走り出す花梨。
二人の中学生をにらみつけて、
花 梨 「あんた達、何やってんのよ! その子を離しなさい!」
驚いた顔で花梨を見る中学生。
その拍子に小学生の髪の毛をつかんでいた手を離してしまう。
わんんわん泣きながら今だといわんばかりに走って逃げていく小学生。
中学生B 「あっ、てめぇ!」
小学生を逃がしてしまう中学生。
目の前に立ちはだかる花梨を見る。
ため息をつきながらこの上ないぐらい不機嫌な顔をして、
中学生A 「逃がしちまったじゃねーか……何だよてめぇ!」
花 梨 「小学生相手にかつあげするなんて、ほんと最低ね!」
言葉とは裏腹に良く見ると体を震わせている花梨。
それに気づく中学生。
中学生A 「あんっ? だから? 可愛そうにー震えてるじゃねーか。 どうした? ママのおっぱいでも欲しくなったのか? はっはっはっ」
馬鹿にするようにけらけら笑う中学生達。
目に涙を浮かべながらも、さらににらみ続ける花梨。
その表情を見て、笑うのを止め再び眉間にしわをよせる中学生。
中学生A 「ちょっと来いよ!」
乱暴に花梨の腕を引っ張る中学生。
必死に抵抗する。
花 梨 「やめろーっ! 離せっ!!」
泣きながら逃げようとする花梨。
反対側にはもう一人の中学生が立ちはだかり、花梨の体を押さえる。
悔しそうな表情で涙を流している花梨。
その瞬間、一人の中学生が声をあげる。
中学生A 「うっ……」
花梨の腕をつかんでいた手を急に離し、退く中学生。
何事かと視線を横に向ける花梨。
次第に驚いた表情に変わる。
そこには中学生の脇腹を蹴り終えた足を、タンッと地面に下ろす陸が。
怒り狂って大きな声をあげる。
陸 「女に手を上げる奴は、俺が許さねぇ!!」
体勢を立て直し冷めた目で陸に向かっていく中学生。
中学生 「おう、上等だ! 遊んでやるよ」
中学生に突き飛ばされ端にやられる花梨。
お互い叫びながら、中学生二人と陸の喧嘩が始まる。
体が震えてその場から動けずにいる花梨。
× × ×
傷まみれで宙を眺めるように倒れている陸。
陸に駆け寄って泣いている花梨。
体を揺すりながら、
花 梨 「……大丈夫?」
陸 「いてっ! おい止めてくれ……まじで死にそうになる……」
花 梨 「あっ! ごめん……」
思わず陸の体を揺すっていた手を引っ込める花梨。
沈黙。
花 梨 「あんた馬鹿だよ……相手は中学生だよ? 勝てるわけないじゃん……」
ゆっくり顔を花梨の方に向けて、
陸 「……お前もその中学生に立ち向かっていっただろ?」
花 梨 「あ……」
驚く花梨。
再び沈黙。
少し経って二人同時に笑い出す。
陸 「お前、笑かすなって……ははは……あーっ、傷が痛ぇ……」
笑いながら痛がっている陸。
同じように笑っている花梨。
花 梨 「はは……私達、馬鹿同士だね」
二人の笑い声が駐車場から聞こえる。
花 梨(語り)「その時、私は思った。 なーんだやっぱり怖くない、私の勘は当たってたんだって……」
〇小学校 げた箱(回想)
(五年四組)
と書かれたげた箱から、上靴を取り出し代わりに下靴を入れる花梨。
その後ろから、あくびをしながら陸がやってくる。
同じように五年四組のげた箱から上靴を取り出す。
ふと花梨と目が合う。
笑顔で挨拶をする二人。
花 梨(語り)「五年になって私達は同じクラスになった。 あの日以来、まるで昔からお互い知っていたんじゃないかってぐらい仲良くなって、私は陸に安心して素の自分を出せていたように思う……」
〇教室 休み時間(回想)
花 梨 「いくよ……せーのっ!」
合図の後、算数のテストの点を見せ合う花梨と陸。
花梨の点数。
(20点)
陸の点数。
(18点)
その場に立ち上がって大喜びをする花梨。
花 梨 「やったーー陸のあほーー罰ゲームとして毎回語尾に(そんな事よりも早く給食を食べたい)ってセリフをつける事! 分かった?」
陸 「たった2点しか変わらねぇじゃん……ったく分かったよ……」
花 梨 「陸は将来の夢とかってあるの?」
陸 「俺は特にないな……花梨は? そんな事よりも早く給食を食べたい」
花 梨 「私はね、お花屋さん。 ほらっ花梨って名前には花って文字が入ってるし、なんか女の子っぽいでしょ?」
急に笑い出す陸。
陸 「はっはっはっ……お前が花屋って似合わねぇよ。 そんな事よりも早く給食を食べたい」
花 梨 「似合うわよ! その内、びっくりするぐらいおしとやかな大人の女性になってやるんだからっ」
陸 「無理、無理。 そんな事よりも早く給食を食べたい」
じーっと陸を見つめる花梨。
陸 「……何だよ? そんな事よりも早く給食を食べたい」
急に怒り出す花梨。
花 梨 「あんた人の話、聞く気あんの!!」
陸 「お前がやれって言ったんだろ!! そんな事よりも早く給食を食べたい」
よく分からない喧嘩が繰り広げられる。
ボールを持って陸に声をかける清水。
清 水 「陸ードッヂやろうぜ!」
陸 「おお! そんな事よりも早く給食を食べたい」
清 水 「って事はやらないんだな?」
陸 「え?」
花 梨(語り)「陸と過ごす時間は本当に楽しかった……毎日学校に行くのが楽しみで家に帰っても早く明日になってほしくて仕方がなかった。 というよりただ単に陸と話したかったんだ……私は知らずの内にどんどん陸に惹かれていったんだと思う……」
〇教室 休み時間(回想)
自分の机に座っている花梨。
隣には陸の姿がない。
きょろきょろ辺りを見渡して明らかに挙動不審な花梨。
自分の机を少しずつ動かして陸の机との距離を近づけている。
急に花梨の背後から陸がやってくる。
陸 「何やってんだよ、お前?」
びくっとなって焦る花梨。
花 梨 「あははっ、何でもないあるよー少年」
陸 「キャラ壊れてるぞ……何かいたずらしてんじゃないだろうな?」
花 梨 「だから何もないって言ってるでしょ、この馬鹿」
陸 「馬鹿はお前だ、馬鹿」
〇運動場(回想)
がやがやと騒がしい運動場。
お互いの担任が見守る中、五年四組の男子と五年二組の男子がドッジボール大会の試合をしている。
四組の内野には陸ただ一人。
二組の内野にはまだ三人残っている。
その様子を心配そうに見ている生徒達。
花梨に声をかける夏美。
夏 美 「やばっ! 陸だけとか二組に負けちゃうよ」
真剣な表情で答える花梨。
花 梨 「大丈夫だよ」
激しい攻防が繰り広げられる。
絶対絶命と思われていたものの、次々と相手チームを倒していく陸。
外野からの攻撃も全て受けとめ遂に最後の一人にシュートを決める。
沈黙。
笛を大きく鳴らすイダセン。
手を四組の方に向けて、
イダセン 「ゲームセット。 四組の勝ちー」
その瞬間、大きな歓声に包まれる。
飛び跳ねるように清水とハイタッチをする陸。
そして四組の他の生徒達も陸の元に集まってくる。
もみくちゃにされながら喜んでいる陸。
その様子を嬉しそうに眺めている花梨。
呆気にとられている夏美に笑顔で、
花 梨 「ねっ?」
花 梨(語り)「馬鹿な陸が好きだった……真っ直ぐで不器用な陸が好きだった……普段は生意気だけど不意に見せる笑顔が可愛くて……格好良くて……陸は私の事どう思ってるんだろうって……そればかり気になって夜も眠れなかった……なのに……」
〇花梨の部屋(回想)
ばたんっとドアを閉めて部屋に入る花梨。
電気も点けずにその場に突っ立っている。
曇った表情。
力がぬけたようにベッドに飛び込む。
体を震わせている花梨。
そして声をあげてわんわん泣き始める。
花 梨(語り)「父さんの新しい仕事が決まった……それはいい事だ……喜んでいる父さんの顔を見ると私もうれしい……けど……けどっ! 転校だなんて…………あとたった一ヶ月で陸と会えなくなるなんて……私はどうすればいいの? どうする事もできないの? 当時の私にとって転校という言葉はあまりにも重くて残酷で……その夜、不安と悲しさとただ強くなり続ける陸への思いに…………私は泣いた……」
〇東京 一人暮らしの花梨の家(2010年 同窓会二ヶ月前)
文集を読みふけている花梨。
ふいにベランダの方を見る。
花 梨 「雨……」
いつの間にか外は強めの雨が降っている。
遠くの方で一瞬ぴかっと光り、その後地響きのように雷の音が聞こえてくる。
ゆっくりと立ち上がる花梨。
はーっと深いため息をつき、寂しそうな目をベランダの外に向けている。
花 梨(語り)「いつ頃からだろう…………陸が別人に思えたのは……」
〇教室 休み時間(回想)
花 梨 「ファービーだってさ陸! やばいってー絶対可愛いよーいこいこっ」
ぶんぶん体を揺さぶられ目を回している陸。
陸 「いや……俺はいいよ。 花梨行ってこいよ」
陸を揺さぶる手が止まる。
花 梨 「あ……うん……」
少し寂しそうな顔をして米川の元に駆けていく花梨。
花 梨(語り)「陸といつものように馬鹿騒ぎができなくなっていった……何だろう? 話しかけても反応が薄いっていうか……それにいつ見ても思いつめたような難しい顔をしてるし……私、何か陸にひどい事、言ったのかな? 急に陸との間に壁ができたような気がする……私はあと一ヶ月しかこの教室にいられない……だから余計に……寂しかった…………」
× × ×
〇教室 授業中(回想)
前 田 「すげぇ……」
一番前に座っていた前田がぼそっと一言。
それをきっかけに我に帰る陸。
周りを見渡すとみんな不思議な顔をしている。
その意味が全くわからない陸。
イダセンまでもが驚いた顔をして、
イダセン 「……どうしたんだ出雲、変なものでも食ったか?」
そう言いながら黒板の前に立つイダセン。
赤のチョークを持ち陸の答えに大きく丸をうつ。
その瞬間、教室で歓声が上がり沢山の拍手が沸き起こる。
花 梨(語り)「ありえない……こんな問題……あの陸に解けるわけない……」
清 水 「なぁ、どう思う花梨? 陸が神だぞ」
ははっと笑って、
花 梨 「何よ神って。 陸は陸じゃん」
花 梨(語り)「怖かった……段々、陸が私の知らないどこか遠い所に行ってしまう様な気がして……だから私は自分に言い聞かせていた…………陸は陸なんだ……」
× × ×
〇教室(回想)
瞬間的に清水を前田が陸を米川が、必死にその体を抑える。
清 水 「離せっ前田! こんな奴、陸でも何でもねぇ!!」
前 田 「落ち着けって清水!」
対照的にその清水の言葉を聞いて自然とクールダウンしていく陸。
陸の体を抑えながら、
米 川 「陸……」
お互いの真ん中に割って入る花梨。
花 梨 「もうやめて! あんた達、親友なんでしょ!!」
花梨の悲痛な叫びが教室に響く。
花 梨(語り)「どうして……何でこんな事になるの……こんなのあの二人じゃない……いつも仲が良かったあの二人じゃないよ!」
清水を抑える前田の手を振りほどき、陸を睨み付けながら、
清 水 「お前は一体、誰なんだよ」
花 梨(語り)「……時間が止まった気がした……清水のその言葉は現実から目を背けようとする私を捕まえて離さなかった…………もう……訳がわからない……」
× × ×
〇舞台(回想)
陸 「僕はあなたを愛しています」
変わらず会場に流れている沈黙。
陸の台詞が返ってきてほっと安心している花梨。
陸 「今も……そして十年後も……ずっと…………」
花 梨 「えっ……」
驚き思わず口に出てしまう花梨。
突然、会場がざわざわと騒がしくなる。
花 梨(語り)「正直……うれしかった……こんな言葉を私はずっと待っていたのかもしれない……けど…………」
陸 「帰らなければいけないと言いましたね? 実は僕もそうです……ある人と約束をしました……こんなにもすばらしい時間をまだ終わらせたくありません…………だけど時間は残酷にも進み……僕を元の世界へと連れ戻そうとするのです…………」
何も言わず、ただ視線を下に向けている花梨。
陸 「…………何も言わないのですね……」
恐る恐る陸の方を見る花梨。
花 梨 「怖いんです……これは夢で冷めてしまうのではないかと思うと……」
へなへなとその場に崩れこむ花梨。
花 梨(語り)「もうやめて……全部嘘だよね? みんなを騙してるんだよね? ねぇ陸……嘘だって言ってよ…………」
陸 「…………」
言葉を失う陸。
突然の出来事に、舞台を見ている全ての人が驚き、固まっている。
花 梨 「けど何より……それと同じぐらい……あなたが…………怖い……」
花梨の目から大粒の涙が流れる。
花 梨(語り)「私は…………誰を好きになったの?」
花 梨 「うわぁぁぁぁぁぁあっ!!」
× × ×
〇東京 一人暮らしの花梨の家(2010年 同窓会二ヶ月前)
降り続ける雨。
風も次第に強くなりベランダの外はいつの間にか嵐のような光景になっている。
ずっとその前に突っ立って外を眺めている花梨。
目からは涙が流れている。
ゆっくりとその目を閉じる花梨。
〇教室(回想)
陸 「か……花梨……頑張れよ……」
花 梨 「……」
下を向いたまま無表情の花梨。
花 梨(語り)「…………やめて……」
陸 「お前だったらさ……その……誰とでも仲良くなれるし絶対上手くいくよ……」
無理やりに笑顔を作る陸。
花 梨 「……」
下を向いたまま無表情の花梨。
花 梨(語り)「……いつもの…………陸でいてよ……」
陸 「お……俺のこと忘れないでくれよな……」
さっと手を差し出し、花梨に握手を求める陸。
花 梨 「……」
下を向いたまま無表情の花梨。
手を差し出さず時間が止まったように固まっている。
花 梨(語り)「どうしてだろう……怖かったのももちろんあったけど……このまま握手をしてしまえば微かな希望も全部失って……私が陸を好きだったって事もなかった事になるんじゃないかって…………それが嫌で……やっぱり怖くて…………お別れなのに…………握手……できなかった……」
〇東京 一人暮らしの花梨の家(2010年 同窓会二ヶ月前)
未だにベランダの前に突っ立っている花梨。
突然、カタンと玄関のドアから音が聞こえる。
ポストの中には一枚のはがきが。
大きな文字で、
(同窓会のお知らせ)
そして差出人の名前は、
(出雲 陸)
と書かれている。
× × ×
いつの間にか激しかった雨もほとんど止んで、ベランダからはほんのりと光りが差し込んでいる。
ベッドにうつ伏せになりながらケータイで話をしている花梨。
花 梨 「久しぶり、元気してた?」
ケータイから聞こえてくる声。
夏美の声 「それはこっちが言いたいわよ! 花梨、そっちは大丈夫なの? 一人でちゃんとやれてる?」
花 梨 「大丈夫だって、そろそろ慣れてきたかなってカンジ」
夏美の声 「痴漢とかにあったらすぐに警察に連絡するんだよ。 って花梨だったらその心配はないか」
笑いながら話す花梨。
花 梨 「どういう意味? これでもあの頃よりは女らしくなったつもりよ」
電話の向こうから夏美の笑い声も聞こえてくる。
少し落ち着いて、再び話を切り出す夏美。
夏美の声 「あっ! そうだ花梨、こないだタイムカプセル開けたんだよ、六年四組の!」
花 梨 「いいなぁーそっか……私も五年で転校しなかったらタイムカプセル埋めれたのか……」
夏美の声 「思ったよりみんな集まってくれてさー懐かしかったよ」
急に無言になる花梨。
夏美の声 「ん? 花梨どした?」
花 梨 「り……陸は来てたの?」
んーと困った声を出している夏美。
夏美の声 「あれ? 陸って……出雲だよね? えっと……来てたような来てなかったような……ごめん……何か思い出せないや……」
花 梨 「そっか……」
はーっとベッドの上をごろごろしながら深いため息をつく花梨。
花 梨 「……夏美、陸から同窓会のはがき届いた?」
夏美の声 「あっ! 届いた届いた! まさか出雲から声がかかるとはね……学芸会の事とかもあったしまだ気にしてるんじゃないかなとか思ってたから、ほんとびっくりしたよ」
花 梨 「同窓会……行く?」
夏美の声 「行こっかな……子供は説明すれば一日ぐらいは親が面倒みてくれると思うし……みんなでお酒飲める年にもなったしね」
花 梨 「酒飲み」
夏美の声 「ほっとけ」
笑顔になる花梨。
夏美の声 「それより花梨はどうすんのよ?」
花 梨 「私は……どうしよっかな……」
夏美の声 「仕事は?」
花 梨 「まだ先だし多分、何とか……」
夏美の声 「じゃあ来なって、イダセンも来るみたいだしさ。 それにどうせ他にも目的あるんでしょ?」
電話の向こうから夏美のいじわるそうな声が聞こえてくる。
思わずびっくりする花梨。
優しい笑顔で、
花 梨 「ははは……夏美には敵わないな……」
夏美の声 「あったりまえじゃん! それより聞いてよーこないだ清水にあってさー……」
〇東京 一人暮らしの花梨の家 玄関前(同窓会 当日)
玄関のドアを手で持って、外から自分の部屋を眺めている花梨。
すっかり綺麗に整理整頓されている。
何かを決意したような目をしながら、ぼそっと一言。
花 梨 「行ってきます……」
そしてゆっくりとドアを閉める。
ばたんっとドアの閉まる音。
〇新幹線
車内アナウンス 「今日も新幹線をご利用下さいましてありがとうございます。 この電車はのぞみ号新大阪行きです。 途中の停車駅は品川、新横浜、名古屋、京都です……」
ざわざわと騒がしい車内。
一人、窓から過ぎていく景色を眺めている花梨。
花 梨(語り)「小学校を転校した私は県外の小学校で一年過ごし、後は中学、高校とごく普通の学生生活を過ごした。 もちろんごく普通というぐらいだから、人並みに彼氏もできたし新しい恋もした。 けど陸の事がずっとひっかかっていたのは確かで……高校を卒業した私は何を思ったのだろう、思い切って急に環境を変えたくなった……どこか陸の事をふっきりたかったってのもあったかもしれない……全く知らない町、全く知らない人……そしてその中で昔からの夢だったお花屋さん……今はやりたい事も微妙に変わって呼び方も少し格好よくなってしまったけどフラワーデザイナーを目指そうって……そして二年前から東京で一人暮らしを始めた。 小さな花屋さんで働かせてもらえるようになって、今はフラワーデザイナーの資格を取る為に勉強してる。 夏美をはじめ、たまに連絡をくれる地元の友達が懐かしくてその気持ちが東京で一人ぼっちの私の支えになっていた…………段々記憶が遠くなっていく……今から陸に会いに行くっていうのに…………どんな陸が好きだったのか思い出せない……私の気持ちが思い出せない……あんなに好きだったのに……あんなにいつも一緒にいたのに……なのに……あんな別れ方ってないよね……私ってほんと馬鹿だ…………」
〇居酒屋
入り口の前で突っ立っている花梨。
中から騒がしい声が聞こえてくる。
花 梨(語り)「この扉を開ければ陸がいる……」
なかなか中に入れずにいる花梨。
花 梨(語り)「怖い…………怖い…………いや……逃げちゃ駄目だ……ちゃんと向き合うって決めたじゃない……」
一回深呼吸をする花梨。
ゆっくりとドアが開く。
花 梨 「ごめーん、遅くなっちゃって」
夏 美 「しーっ」
遅れて入ってくる花梨に静かにするよう合図をする夏美。
思わず口を押さえる花梨。
陸は花梨がいる事にまだ気づいてない。
荷物を下ろし、一人立っている陸を見つける。
真っ直ぐ陸を見つめる花梨。
陸 「みんな……校内学芸会を覚えているよな……」
花 梨(語り)「涙が出そうになった……そこにいた陸はあの頃よりも見違えるように大人っぽくなっていて……格好よくて……胸が締め付けられるみたいに苦しかった……」
花 梨 「久しぶり……」
陸 「あぁ、久しぶり……来てくれたんだな……」
花 梨 「うんっ……あっ、隣いい?」
× × ×
陸 「何か……変わったな」
花 梨 「そうかな? 自分では全然分からないや。 私は陸のほうが変わった気がする」
陸 「変わって……いや……」
言うのを途中でやめて、急に真剣な表情になる陸。
何かを考えている様子。
次第に笑みを浮かべ、
陸 「少し変わったのかもな」
陸の目を見ながらうんうん頷いている花梨。
花 梨 「そうなんだ……今は何してるの?」
何も迷いがないような自信に満ちた表情の陸。
少年のように生き生きと瞳を輝かせて一言。
陸 「絵本作家だよ」
花 梨(語り)「あの頃と同じような目をしている陸を見て、私は不安も緊張も一気にどこかへ飛んで行ったような気がした……そしてエールを送るように、微かな希望をこの先の自分に託してみたんだ……」
〇小学校 校門前(深夜)
ふらふら歩きながら笑い声をあげている花梨と陸。
花 梨 「ははは……笑いすぎてお腹痛いよ……」
陸 「お前、信じてないだろ? 本当にあの校長がカツラはずすとこ見たんだって!」
顔を赤く染めている二人。
時計を確認する陸。
陸 「花梨、帰らなくて大丈夫なのか? もう二時半だぞ……」
花 梨 「明日、休みもらってるから大丈夫だよ。 それよりどこに連れて行くつもり? みんな二次会行っちゃったよ?」
陸 「いいから、いいから」
にこっと笑う陸。
しばらく歩いてその場に立ち止まる花梨。
驚きながら、
花 梨 「あ……そっか……」
花梨の視線の先には、二人が過ごした小学校が。
小学校を囲っている壁をよじ登ろうとしている陸。
花 梨 「ちょっと! あんた何やってんのよ?」
花梨の方を振り返って、
陸 「入ろうぜ!」
満面の笑顔の陸。
一瞬、困った顔をするも結局、陸の後に続いて小学校に入る花梨。
〇小学校 運動場
朝礼台の上に隣同士で腰掛けている陸と花梨。
あたりは静かで人の声もほとんど聞こえない。
少し冷たさを感じる風が二人の間をすり抜けていく。
決して何か気まずいような空気ではなく、ごく自然に二人の間に沈黙が流れている。
花 梨 「何か……懐かしいね……」
遠くを見つめながら、話し始める花梨。
陸 「そうだな……」
花 梨 「あの日、覚えてる? 私が中学生に絡まれててさ……陸が大声あげて助けに来てくれたの……」
懐かしそうに笑顔で、
陸 「覚えてるよ……結局ぼろぼろにやられて、格好悪かったな……俺」
花 梨 「ううん……そんな事ないよ……だって……」
急に黙る花梨。
陸 「……どした?」
首を横に振って、
花 梨 「へへっ……何でもない……」
急に何かを思い出したように鞄をあさる陸。
陸 「……お前、結局埋めれなかったんだよな? タイムカプセル……」
鞄の中から手紙を取り出す。
十年前の陸から現在の陸に届いた手紙。
少し寂しそうにその手紙を見つめながら、
花 梨 「うん……でも仕方ないよ……六年四組に私はいなかったんだし……それより何て書いたの? ねぇ、見せてよ」
陸が持ってる手紙を奪おうとする花梨。
陸 「わっ! 馬鹿、やめろ……ってか絶対、お前には見せられないって!」
必死で抵抗する陸。
突然、動きがぴたっと止まり真剣な表情になる。
陸 「あれ……」
不思議そうな顔をする花梨。
花 梨 「どうしたの?」
ゆっくりと手紙を開ける陸。
そしてその中に手を入れ何かを取り出す。
覗き込むように陸の手に注目する花梨。
ゆっくりと握っていた手を開く陸。
急に言葉を失う二人。
そこには記憶が書き換えられる前、花梨が陸に渡したミサンガが。
青と黄色の糸で丁寧に作られている。
沈黙。
黙ったまま全く動かない二人。
永遠にも似たような静かな時間がどこまでも流れる。
× × ×
突然、独り言のようにつぶやく花梨。
花 梨 「思い出した……」
体を震わせ、涙を堪えながらも陸の方を見る花梨。
花 梨 「私の本当の気持ち……」
下を向いたまま動かない陸。
花梨からもらったミサンガをじっと見つめて固まっている。
何かを訴えかけるような目で陸の方を見る花梨。
不安そうな声で、
花 梨 「ねぇ……シンデレラの一番最後のシーン覚えてる? 王子さまが硝子の靴を履かせてシンデレラを探すんだよね…………硝子の靴じゃないけどさ……陸……私の質問に答えてくれないかな?」
ゆっくりと花梨の方を見る陸。
真剣な表情。
少し経って、恐る恐る切り出す花梨。
花 梨 「…………直方体を求める公式は何?」
沈黙。
いつの間にかあたりは明るくなってきている。
ジャングルジムも、鉄棒も、砂場も。
ずっと暗くて見えにくかったものがほんのりと光を浴びて少しずつはっきりとしてくる。
近くでうっすらと聞こえてくるすずめの鳴き声。
陸の口元が動く。
陸 「たて×横×……」
びくびくとさらに体を震わせる花梨。
何かに怯えるように下を向いてしまう。
唇をかみ締め、陸の返事をじっと待っている。
その様子を見ている陸。
しばらく経って花梨の前にゆっくりと手を差し出す。
その手は握手を求めるように少し開いている。
驚いて陸の方を見る花梨。
まるで十年前のあの頃のような笑顔を花梨に向けて、
陸 「気合だろ?」
花梨の目から涙が流れる。
そして差し出された陸の手を握る花梨。
朝礼台の上に腰掛けている二人の後姿。
隣にいる陸にしか聞こえないぐらいの声でつぶやく花梨。
花 梨 「……馬鹿」
二人の視線の先、小学校の側にある住宅街の上からゆっくりと朝日が顔を覗かせる。
辺りはオレンジ色に包まれ、陸と花梨の後姿が次第にシルエットになっていく。
陸(語り)「やっと……見つけた……」
花 梨(語り)「これが本当の……」
景色も人もまるで全て一つに染まっていくような幻想的な光景。
しっかりと繋がれている花梨と陸の手。
陸 花梨(語り)「(二人同時に)自分なんだ」
完
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