「20日間のシンデレラ」 四話 何にも焦る事なんかない

アニメ脚本

 〇教室(7月23日)

 黒板に大きく描かれた文字。〈さようなら 池田花梨さん〉

 光が差し込み教室がオレンジ色に染まっている。

 うっすらと遠くで聞こえる蝉の声。

 ゆっくりと教壇の上に立ち、生徒を見つめているイダセン。

 深刻な表情の生徒。

 少し重たい空気が教室内に流れている。

イダセン 「えーみんなも知っての通り今日で池田とはお別れだ。来月からは県外の学校に通う事が決定している。なかなか会う機会も少なくなって寂しくなるとは思うが心配いらない。 池田は立派なこの五年四組の生徒だ。 それは他の学校に行っても何年経っても変わる事はない。 だからみんな笑顔で池田を送り出してやろう」

 優しそうな笑顔を生徒に向けるイダセン。

 しばらく教室内に沈黙が続く。

 コホンと一度咳払いをするイダセン。      

イダセン 「じゃあ最後に池田からみんなに挨拶をしてもらおう、池田」     

花 梨  「はい」

 よく通る声が教室に響く。

 席を立ち上がり、上靴の音を鳴らしながら壇上に向かう花梨。

 短めの髪がふわりと揺れる。

 自分の横を通り過ぎる花梨を横目でちらりと見る陸。

 魂が抜かれたような表情。

 陸の脳裏によぎる声。

  陸  「(俺は君の笑顔が見たい……)」

 イダセンに会釈をして教壇に上る花梨。

 姿勢を正してクラスメイトの顔を眺める。

花 梨  「……」

 こちらを見ている陸が視界に入る。

 表情が少し曇り、話し始めるタイミングを逃してしまった花梨。

 イダセンが目で合図を送り、コクリと頷く花梨。

 少し前に一歩出て。

花 梨  「私はこの五年四組が大好きです。ほんっとうに毎日が楽しくて、気がついたらあっという間に一日が終わってるような、そんなクラスでした。飯田先生は俺をいたずらで騙せたら、宿題をなしにしてやるぞーとか言って全然先生っぽくないし」

 真剣な表情から笑みがこぼれて、柔らかい印象になっているイダセン。

花 梨  「恵子は学芸会の魔法使い役の杖を練習中に何度も折っちゃうし 、前田は給食のパンを牛乳につけて女子をドン引きさせるし、あと米川の持ってきたファービィは中国語版でまともに会話にならないし、清水はとにかく変態です」        

 教室にどっと笑いが起きる。

 次第に生徒の表情が明るくなっていく。

花 梨  「そして……」

 一瞬、陸の方を見る。

 瞳を潤ませてまた視線を戻す。

花 梨  「あと一年で卒業なのに急に転校する事になっちゃってすごく残念だけど、私にとってこの五年四組で過ごした思い出は一生の宝物です。 みんな……本当にありがとう」

 涙声になりながらぺこりと一礼をする花梨。

 拍手が教室に鳴り響く。

 泣いている女子も何人かいる。

イダセン 「よし、みんなからも池田にお礼を言おう。 全員起立!」

 椅子が一斉に引かれて、床とこすれる音。

 陸もゆっくりと起立をする。

 魂が抜かれたような表情。

 陸の脳裏によぎる声。

  陸  「(過去の馬鹿な俺は君を傷つけてしまった……)」

イダセン 「じゃあ一人ずつ並んで、握手とお別れの言葉な。 男子ー握手するからってやましい事、考えるんじゃないぞ」

 教室で笑いが起きる。

 花梨も笑顔になっている。

 長々と花梨の前に列が続き、一人ずつ握手とお別れの言葉を言っていく。

夏 美  「花梨……私のこと忘れないでね。 絶っ対、手紙書くからね」

 握手をしながら花梨に声をかける夏美。

花 梨  「うん、絶対忘れないよ……」

 今にも泣き出しそうな夏美を引き寄せ、耳打ちする花梨。

 小さな声でぼそっと、

花 梨  「清水ともうまくいくといいね」

夏 美  「なっ、何、馬鹿なこと言ってんのよ!」

花 梨  「へへっ」

 満面の笑顔の花梨。

 突然、後ろから空気を読まずに覗き込んで来る清水。

清 水  「どうしたんだ?」

 驚く夏美。

夏 美  「ぎゃぁぁぁぁーー」

 とっさに清水の顔をビンタして、勢いよく自分の席へと走り抜けていく。

清 水  「向こうにいっても……頑張れよ……」

 夏美にぶたれた頬を押さえながら、鼻水をすすって情けなくしくしくと泣いている清水。

 握手をする二人。

花 梨  「どんまい……清水は最後まで清水らしいね。 心配しなくてもきっと大丈夫だよ」

清 水  「ん?」

 不思議そうな顔で自分の席に戻っていく清水。

 陸の番が近づいてくる。

 自分の前にいた米川が花梨と握手をしている様子を見ている。

 魂が抜かれたような表情の陸。

 陸の脳裏によぎる声。

  陸  「(だからもう泣いたり、悲しんでる姿は見たくない……)」

花 梨  「次はちゃんと日本語で会話ができるファービィー持ってきてよ」

米 川  「お前、その話いつまで引っ張るんだ」

 お互い楽しそうに笑っている米川と花梨。

花 梨  「あと絶対、自分の夢かなえなきゃ駄目だよ。 米川カンパニーの社長になるんでしょ?」

米 川  「あぁ……当たり前だ。 池田も元気でな……」

花 梨  「うんっ」

 自分の席に戻っていく米川。

 順番がやって来て、花梨の正面に立つ陸。

 魂が抜かれたような表情。

 陸の脳裏によぎる声。

  陸  「(最高の思い出を……)」

 花梨を見る陸。

 さっきまで笑っていた花梨の表情がガラリと変わる。

 何かに怯えているような強張った表情。

 陸と目を合わさずに下を向いている。

 沈黙。

 意を決して話し始める陸。

  陸  「か……花梨……頑張れよ……」

花 梨  「……」

 下を向いたまま無表情の花梨。

  陸  「お前だったらさ……その……誰とでも仲良くなれるし絶対上手くいくよ……」

 無理やりに笑顔を作る陸。

花 梨  「……」

 下を向いたまま無表情の花梨。

  陸  「お……俺のこと忘れないでくれよな……」

 さっと手を差し出し、花梨に握手を求める陸。

花 梨  「……」

 下を向いたまま無表情の花梨。 

 手を差し出さず時間が止まったように固まっている。

 握手が返ってこず、とまどっている陸。     

 下を向いている花梨を真剣な表情で見つめる。

 何かにすがるように、救いを求めているかのように。

  陸  「(笑ってくれ…………いつものように笑ってくれ…………)」

 さらに沈黙。

 後ろの男子生徒がしびれを切らしたかのように、

男子生徒 「おいっ! みんな並んでるんだ、さっさとしろ。 もうすんだだろっ!」

 どんっと陸を突き飛ばし後ろから割り込んでくる男子生徒。

 ふらふらと倒れそうになりながら教室の後ろにやられる陸。

 無表情でなおも花梨の様子を見ている。

男子生徒 「なぁ、池田。 これ俺の住所なんだけどよかったら手紙のやりとりしないか?」

 一人、花梨に話し続けている男子生徒。

 下を向いたまま無表情の花梨。

 全く男子生徒の話が聞こえていない様子。

 誰にも聞こえないぐらい小さな声でぼそっと、

花 梨  「…………忘れるわけ……ないじゃない……」

男子生徒 「えっ? 何だって? だからさぁ池田の住所も教えて欲し……」

 ざわざわと騒がしい教室。

 けどどこかしんみりともしている。

 もう花梨と話し終わり自分の席に戻っている生徒。

 花梨と話す順番を待って、列に並んでいる生徒。

 泣いている生徒。

 後ろの黒板を背にもたれ掛かり、自分の席に戻らずただ突っ立っている陸。

 その陸の様子を気味悪そうに冷めた目で見ている生徒。

 カーテンの隙間から差し込む光。

 教室は何も変わらずに一層オレンジに包まれていく。

サブタイトル 『第4話 何にも焦る事なんかない』

 〇陸の家 玄関

 がちゃりとドアを開けて中に入ってくる陸。

 よろよろと壁にぶつかり、何とか自分の部屋への階段にたどり着く。

 台所から聞こえてくる母の声。

  母  「ん? 陸ー帰ったのかい?」

  陸  「……」

 返事をせず階段を上っていく陸。

 〇陸の部屋

 全ての力を使い果たしたかのようにベッドに倒れこむ陸。

          ×           ×           ×

 真っ暗な陸の部屋。

 窓からも光が差し込まず、すっかり外も暗くなっている。

 ゆっくりとベッドから起き上がる陸。

 倒れそうになりながら勉強机の椅子に座る。

 勉強机の上に置いてあるライトのボタンに手を掛ける陸。

 ピッと音が鳴り、真っ暗な部屋に白色の明るい光が点る。

 光に照らされる陸の表情。

 無表情で全く生気を感じられない。

 机の上に置いてあるノートを見つけ機械のようにパラパラとめくり始める。

 ノートに書かれている7月18日の日記、

  陸(語り)「7月18日。 今日で日記を最後にしようと思う。 もう学芸会に向けて出来る限りの練習はしてきた。 花梨の演技もすっかり板についてきて、俺もやっと安心して自分の演技に集中できるようになった。 俺は現実に戻った時、今の思い出が上書きされて本当の思い出を失ってしまう。 けど明日はあの頃に負けないぐらい最高の思い出を作れるって……」 

 急にノートを勢いよく閉じる陸。

 目を見開き、手はぷるぷると痙攣しているかのように震え、その両手で自分の耳をふさぎ、さらに体を震わせながらこの上ないぐらい大きな声で、

 陸  「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 静かな部屋に陸の叫び声が響く。    

 壊れだす陸。

 壁を全力で殴り、大声を上げながら頭を打ちつける。

 ふらふらしながらも暴れ続け部屋にあるものを無茶苦茶になぎ倒していく陸。

  陸  「はぁ……はぁ……はぁ……」

 息を切らしその場に座り込む陸。

 勉強机の上にあったものはあちらこちらに飛び散り、棚に載せていた漫画や本もほとんど倒れ、どこを見渡しても部屋の中は嵐が過ぎていったかのようにぐちゃぐちゃになっている。

 窓からは月の光が差し込んでいて部屋には不気味な明るさを感じられる。

 無造作に床に転がっている日記を見つける陸。

 ゆっくりと立ち上がり、日記を乱暴につかみ部屋を出て行く。

 〇台所

 息を荒げながら台所に入って来る陸。

 目は血走っていて殺気立っている。

 ふらふらと真っ暗な台所をさまよいながら、食器棚の引き出しを勢いよく開ける。

 中からチャッカマンが現れる。

 急に表情が少し落ち着く陸。

 すっとそのチャッカマンをポケットに入れて台所を出て行く。

 〇陸の家 玄関前

 メラメラと煙が上がっている。

 真っ黒な闇の中に赤々と燃える炎。

 陸の日記が書かれていたノートが、炎に迫られているかのように燃え続け、次第に灰になって原型を失っていく。

 その場にしゃがんでチャッカマンをノートに向けている陸。

 カチッとチャッカマンの発火される音が聞こえる。

 何度も何度も不気味に繰り返される。

 炎に照らされる陸の表情。

 気が狂ったかのように笑っている。

  陸  「……俺の思い出……俺の思い出……俺の思い出……俺の思い出……俺の思い出……俺の思い出…………」

 ぼそぼそとつぶやき続ける陸。

 全く感情を感じられない。

 もくもくと激しくなっていく煙、燃え上がる炎。

 急に玄関のドアが大きな音を立てて開く。

 飛び出てくる母。

 目の前の光景に驚き、再び家の中へと戻っていく。

          ×           ×           ×

 慌てながら大きなバケツを持って飛び出てくる母。

 息を切らして、陸の方に近づき、

  母  「陸ーーーーーーあんた何やってんの!!!!」

 火をさらにカチカチと点け続けている陸の体を突き飛ばし、バケツの中の水を勢いよく火の元にぶっかける。

 じゅーっと音が鳴り辺りは煙で真っ白になる。

 しばらく経って煙も晴れ、火の元は完全に消えている様子。

 地面に尻を突いたままの陸。

 その陸を驚いたような表情で見つめる母。

 元々鳴いていたであろう鈴虫の鳴き声がちゃんと聞こえ始め、再び外には元の夜の静けさがやってくる。

 〇陸の部屋

  母  「一体どうしたって言うの!! 陸、答えなさい! どうしてこんなに部屋は無茶苦茶になってるの? どうして火なんか点けたりするの? ねぇ……陸ーーー」

 陸の肩を揺さぶり大声を上げている母。

 次第に表情が崩れ涙を流している。

 人形のように何も言わず、ただ揺さぶられている陸。

 ふと視線を下に向ける。

 床には目覚まし時計が転がっていて針は十二時前を指している。

 急に感情を取り戻したかのように落ち着いた表情になる陸。

 泣き崩れている母。

 優しい目で母を見つめて、

  陸  「…………もう時間だ……何年経っても馬鹿な息子でほんとごめんな……おかん……」

  母  「えっ、陸! あんた何言ってんのよ?」

 不思議そうな顔をしている母。

 床に転がった時計がちょうど十二時を指す。

 穏やかな笑顔を母に向ける陸。

 その瞬間、激しい胸の痛みに襲われる陸。

  陸  「うっ……」

 うつろうつろな目がゆっくりと閉じていく。

 意識を失う陸。

 目を見開き言葉を失っている母。

  母  「陸…………陸ーーーーーーー」

 母の声が陸の部屋に響く。

 〇真っ白な世界

 陸の意識がゆっくりと目覚める。

 周りは真っ白で何も存在しない。

 何故か体が宙に浮いている感覚がある。

 流れに身をまかせている陸。

 表情は無表情のまま。

 急に目の前からものすごい速さで何かが飛び込んでくる。

 激しい音とともにそれらは陸の両手足につかまり、強く引っ張る。

 よってたかって引っ張る。

 機械のようにゆっくりと視線を体が引っ張られている方に向ける陸。

 およそ十人程の数の少年達。

 その顔は全て陸と同じ顔。

 同じように無表情。

 さらに体が千切れそうなぐらい乱暴に引っ張る。

 されるがままの陸。

 表情は無表情のまま。

 しばらくすると再び目の前から何かがやってくる。

 今度はどこまでも不気味にゆっくりと。

 ふわふわと浮かんでようやく陸のすぐそばで止まる。

 不自然なぐらい背筋がぴんと伸びた気をつけの姿勢。

 それは背も伸び、顔もりりしくなった、けれど無表情の大人の陸。

 目の前に立ちふさがる大人の陸。

 よってたかって体を引っ張り続ける自分と同じ少年の陸達。

 大勢の陸に囲まれる陸。

 急に目の前の大人の陸が気味悪く笑い出す。

 それを合図のように体を引っ張る少年の陸達も気味悪く笑い出す。

 一人だけ無表情の陸。

 次の瞬間、全ての陸の顔がぼろぼろと崩れ落ちていく。

 大人の陸も、体を引っ張る陸たちも、そして本当の陸も。

 真っ白な世界に陸の顔の欠片たちが、気味悪く漂っていく。

 どこまでもゆらゆらと。

 〇一人暮らしの陸の家 寝室(2010年 現在 )

  陸  「はっ!!」

 顔は青白く、目を見開き、何かに怯えたかのように体を震わせながら我に返る陸。

 体はぐったりと倒れたまま。

 すっかり大人の姿に戻っている。

 視界は蜃気楼のようにどこかぼやけて、かすかに認識できる視線の先にはロウソクの火がゆらゆらと揺れている。

 ゆっくりと体を起こし、何とかあぐらをかく姿勢になる陸。

  陸  「はぁ……はぁ…………」

 激しく息が乱れている。

 強張った表情のまま、あたりをきょろきょろと見渡す陸。

 日付が書かれた半紙、壁際に寄せられた小さな机、乱暴に置かれているケータイ。

 儀式が行われたであろう形跡がしっかりと残っている。

 服ダンスを見つける。

 目の色を変え、床を這いずる何かの生き物のように必死にそこまで移動する陸。

 服ダンスのドアに手をかけ、ごくりとつばを飲む。

 手がぷるぷると震えている。

 ますます荒くなる陸の息づかい。

 そのままの勢いでドアを開ける陸。

 ドアの反対側についている大きな鏡が姿を現す。

 げっそりとして青ざめた顔の大人の陸が写っている。

 力が抜けたかのようにその場に崩れる陸。

 土下座をするように床に手をつき、頭をだらんと垂らしている。

 がくがくと震える陸の口元。

 そこから発せられる、喉がかれたような声。      

  陸  「俺は…………誰だ…………」

 ロウソクの火は少しずつ弱弱しくなり始め、小さな部屋に再び闇が訪れようとしている。

 〇住宅街(翌日)


 ここからの映像は人も景色も全て白黒になる。

 ぎらぎらと日差しが強い日中。

 セミが活発に鳴き続け、空には大きな入道雲が出ている。

 一人、ふらふらになりながら歩いている陸。

 額から流れる汗。

 どんよりとした顔。

 今にも倒れそうになっている。

  陸  「(…………俺はどこに向かっているんだろう…………)」

 歩き続ける陸。

 まるで死体が動いているように、生気がない。

 住宅街の角を曲がった所で、勢いよく何かと衝突する陸。

 弾き飛ばされ尻餅をつく。

  声  「いってー」

 急に耳に入る大きな声。

 声のする方に目をやるとカッターシャツと黒いズボンを穿いた、おそらく学生であろう

 男の子が自分と同じように尻餅をついている。

 地面に転がっている学生カバンを拾い立ち上がる男子学生。

 陸と目が合う。

 すると心配そうな顔で一気に陸のそばに駆け寄ってくる。

男子学生 「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

 そう言いながら陸に手を差し出す男子学生。

 その手をとりながら起き上がる陸。

  陸  「あぁ……」

 小さい声でぼそっとつぶやく。

 真っ白なカッターシャツがまぶしいぐらいきらきらと輝き、よく見ると女性に間違えそうな程、容姿の整った男子学生。

 さっきまで心配していた表情が一変して、満面の笑みを陸に向ける。

 それを見てなぜか驚いている陸。

男子学生 「あー怪我がなくてほんと良かった……すいません……僕、すごく急いでしまってて…………あっ、やべっ遅刻する!」

 ポケットから急いでケータイを取り出し時間を確認している男子学生。

 すぐさまぺこりと礼儀正しく陸に一礼して、

男子学生 「ほんとすいませんでしたっ! では僕はこれで失礼します。 また機会があればどこかで」

 にこっと笑い、大急ぎで走り去っていく男子学生。

  陸  「……」

 再び歩き出す陸。

 〇恵子の家 玄関前

 普通の住宅街の中、一際異彩を放つ大豪邸。

 ぼーっと突っ立って恵子の家を見つめる陸。

 恵子の言葉が脳裏によぎる。

恵子の声  「元の世界に戻ってきた時、恐らくあんたは二つの記憶を持っている。 けど時間が経つごとに元々あった本当の記憶は薄れて、最終的には完全に忘れてしまうわ。 それがこの黒魔術の呪い。 犠牲よ」 

 急に何かに怯えるような表情の陸。

  陸  「呪い……俺の呪い……」

 恵子の家のインターホンを押そうとする陸。

 しかし途中で、手が振るえ断念する。

 またしてもふらっと倒れそうになる陸。

 それでも再び歩き出す。

 〇小学校 校門前

 力が抜けたように金網にもたれ、地べたに座り込んでいる陸。

 入道雲がどこまでも続く空をぼーっと眺めている。

  陸  「(忘れる……20日間の思い出を忘れる……忘れる……クラスが初めて一丸となった学芸会を忘れる……忘れる……花梨に転校しやがれーって言った事を忘れる……書き換えられる……親友を……清水を失った……書き換えられる……俺のせいでクラスの学芸会を台無しにした……書き換えられる……花梨を傷つけた……書き換えられる…………花梨を傷つけた…………)」

 絶望した顔をしている陸。

  陸  「(俺は結局、同じ過ちを何度も何度も繰り返している…………黒魔術を使っても……何をしても…………この先もどうせ…………)」

 抜け殻のようになっている陸。

 その場から動かない。

 目がだんだんとうつろになっていく。

  陸  「(もう……生きてるのか……死んでるのかさえ……分からない……世界が……灰色に見える…………)」

 しばらく経って急に声が聞こえる。

  声  「出雲じゃないか! こんな所でなにしてる?」

 驚いた顔で声のするほうをゆっくり見る陸。

 少し老けた印象を受けるイダセンが立っている。

 〇イダセンの家

イダセン 「まぁ、遠慮せずにあがれ」

 頭を軽く下げ家にあがる陸。

 ふすまを開けて上品な和室に招き入れるイダセン。

 テーブルをはさみお互い向き合うようになりながら、イダセンが先に座布団に座り、その後に陸も座る。

 急にふすまが開いてイダセンの奥さんであろう女の人が、麦茶を二人分持ってきてくれる。

イダセン 「おぉ、すまんな。 ここに置いといてくれ」

 ゆっくりとテーブルに麦茶を置く奥さん。

 うれしそうな顔をしながら、

イダセン 「驚いたよ、たまたま小学校の前を通りかかったら彼がいたんだ。 昔の俺の生徒でね、問題児だったがこうして久しぶりに会うと嬉しいもんだな」

 つられるように奥さんもにっこり笑い、

奥さん  「そう……ゆっくりしていってね」

 そう陸にやさしく声をかける。

  陸  「はい……」

 小さくつぶやくように返事をする陸。

 部屋を出て行く奥さん。

 静かな空気が流れる。

 イダセン、首をかしげながら、

イダセン 「どうしたんだ出雲? 久しぶりに会ったってのに元気がないじゃないか」

 不思議そうな目で陸を見るイダセン。

 ゆっくりとイダセンの方を見て、

  陸  「先生……その……悩みを聞いてもらっていいですか?」

イダセン 「何だ、お前らしくもない。 さっさと言ってみろ」

 意を決したように話し始める陸。

  陸  「俺……駄目です……ほんと駄目な人間です……取り返しのつかないひどい事をしました……それもその時、痛いほどわかったはずなのにまた同じ事を繰り返してる…………一生忘れられないくらいの後悔が残りました……けど俺、不安なんです……その後悔がこれから先、自分を呪いのように苦しめ続けるんじゃないかって…………何をやってもまたこりずに同じような事をしてしまうんじゃないかって…………俺……自分が前に進めているのか分からない…………怖くて……怖くて……仕方がないんです…………」

 表情がどこまでも暗くなっていく陸。

 沈黙。

 ゆっくりと話し始めるイダセン。

イダセン 「何年前だったかな……佐々木からも相談を持ちかけられていたんだ……」

 驚いた顔をしている陸。

イダセン 「弟を助けて欲しいと……何でも両親を失くしたショックで感情を失ってしまったんだとか……医者に診せても原因は分からない、精神的なカウンセリングなども受けたそうだが全く効果はない。 俺も何か方法はないかと何度も佐々木の家に足を運んだよ。 けど駄目だった……おもしろい話をしても悲しい話をしても表情は何も変わらず返事さえも返ってこない。 それが数年続き俺も正直もう無理だと半ば諦めていた………………」 

 一瞬遠い目をするイダセン。

 麦茶の中にある氷がカランと音を立てる。

 黙って話を聞いている陸。

 一息ついてゆっくり陸を見つめながら、

イダセン 「先日、とある本屋に寄ってな……ついつい一冊の本を買ってしまった。 それも普段、全く買わないような絵本だ…………俺は何を思ったんだろうな……その絵本を佐々木の弟に見せたんだ……」

 真剣な表情の陸。

 イダセン、やさしい顔をしながら、

イダセン 「そしたらな……笑ったんだよ…………綺麗でまだ幼い少年のような顔を初めて俺に見せてくれた。 佐々木はわんわん泣いてたな。 医者もこんな事は初めてだって目を丸くして驚いてた……」

 言葉を失っている陸。

 急にその場を立ち上がるイダセン。

 不思議そうな顔をしている陸。

イダセン 「少し待っていてくれないか?」

 そう言うと部屋を出て行くイダセン。

          ×           ×           ×  

 イダセンが戻ってくる。

 ゆっくりと座り、テーブルの上に何かを乗せる。

 それはまだ真新しい絵本。

 イダセンが陸を見つめる。

 どこまでも暖かく、どこまでも優しい目で。

イダセン 「これはお前が描いたんじゃないのか?」

 表紙には陸が小学生の頃、ノートに描いていたのと同じ恐竜の絵が描かれている。

 タイトルの文字。

(一人ぼっちの恐竜)

 体を震わせている陸。

 沈黙。

 恐る恐るイダセンの方を見ながら、

  陸  「はい…………俺が描きました…………実は……ある事がきっかけで中学の頃から絵本作家に憧れるようになったんです……高校を卒業して何度も何度も出版社に作品を持っていきました……そしたら去年、遂に発売できる事が決定したんです。一部の本屋なら置いてくれるって。 けど結果は全然売れなくて沢山の在庫ばかり抱えてしまった……売り上げも人に自慢できるようなものではありません……周りは有名ないい会社に就職して、給料も沢山もらってる……その中で自分は何をしてるんだろって……こんな給料も不安定で先が全く見えない事が仕事と呼べるんだろうか? 今、何をしてるんだって聞かれた時に悔しいけど絵本作家って事が言えなかった……だから俺は自分がしている事を隠しました………バイトして適当に過ごしてるって……確かに周りからは変な目で見られたけど、何かその方が気持ち的に楽だったんです……」

 必死で何かを堪えている陸。

イダセン、しっかり陸の目を見ながらゆっくりと話し始める。

イダセン 「一生忘れられない程の後悔は確かに苦しい。 この先の自分が本当に正しいのか不安になるし、やり直せれるもんならやり直したいとも思う。 けどな……それは一見、ただ辛くて苦しいだけのように思えるが、見方を変える強さを持てばプラスになるんだよ。 後悔があるから今の自分があるんじゃないか。 出雲、目を覚ませ! お前は立派な事をしたんだ。 医学でも治らない奇跡のような事をやってみせたんだ! 自分が心からしたいと思う事をすればいいじゃないか! 胸を張ってやればいいじゃないか! そんな周りの目を気にする程、出雲陸は繊細な奴だったのか? 違うだろ!」

 体をぷるぷると震わせる陸。

イダセン 「何にも焦る事なんかない」

 さらに体を震わせる陸。

 イダセン、陸の全てを受け入れるように最高の笑顔で、

イダセン 「お前はちゃんと前に進んでるんだよ」

 白黒になっていた映像が急に色を帯びて人も景色も全てカラーになる。

 陸、全身の力が全て抜けたようにその場に崩れる。

  陸  「先生ーーーーーーーーーっ!!!」

 赤ん坊のように大きな声をあげて泣く陸。      

 大量の涙が陸の目から流れる。

 何度も何度も溢れていく。

 今まで堪えていたものが全て放出されるようにきらきら綺麗に輝いて。

 うんうんと頷きながらながら温かい笑顔を陸に向けるイダセン。

 〇一人暮らしの陸の家 

 机に座り真剣な表情ではがきに文字を書いている陸。

 イダセンの声が脳裏によぎる。

イダセンの声 「出雲……すまなかったな。 学芸会の時、お前をぶってしまって……あれから先生も考えたんだ。 もしかするとあの行動はお前なりの何かがあっての事だったのかもしれないと……その後、お前は学芸会の話題があがる度に窮屈な思いをしてたんじゃないかと思う……そこで提案なんだが同窓会を開かないか? それも出雲……お前が幹事をしてみんなを集めるんだ。 五年四組の絆を再び取り戻そう。 失敗したら立ち止まるんじゃなくてまた歩き出せばいい。 今のお前になら分かるだろ?」

 何かに後押しされるように黙々と文字を書き続ける陸。

 すぐ側にはもう書き終えた大量のはがき。

 冒頭には、

(同窓会のお知らせ)

 と書いてある。

  陸  「(忘れるのが怖くて本当の思い出をどこかに書いて残しておこうとも考えた……もしかするとそれを見た時また思い出すかもしれないって……けどやめた。 もう俺は恐れない、今の自分と向き合って行こうと思う。 これからどうするか……それが一番大事なんだ)」

 陸の表情はどこか希望に満ち溢れ生き生きとしている。

 〇とある高校の教室

男子生徒 「おい、翔太!」

 窓の外を眺めていた翔太、声を掛けられ驚いたように我に返る。

男子生徒 「大丈夫か? まだ寝ぼけてるだろ?」

翔 太  「ちょっとね」

男子生徒 「遅刻しといてよく言うぜ」

 にやにや笑う男子生徒。       

翔 太  「ごめん、朝から人とぶつかっちゃってさ」

男子生徒 「ふーん、あっ! また授業さぼって変なもん描いてやがる。 ところでこの恐竜なんなんだ? 確か前も描いてたよな?」

 翔太のノートには陸の絵本と同じ恐竜が。

 やさしい笑顔で、

翔 太  「僕の大切な絵なんだ」

 〇駅前の居酒屋 入り口前(二ヶ月後)

 もうこの時点で陸の本当の思い出は完全に忘れさられて、新しい思い出に書き換えられている。

 辺りは暗く、一人居酒屋の前で待っている陸。

  陸  「(夏も終わりだな……)」

 電車の音が聞こえる。

 時計を確認する陸。

(18時20分)

 同窓会集合時刻の十分前。

  陸  「(やっぱり誰も来ないか……そりゃそうだよな……仲の良かった奴らも今じゃほとんど疎遠になってるし、自分達の思い出をぶち壊された張本人から同窓会の誘いが来るんだ……行きたい訳ねぇよな……)」

 ため息をつき途方に暮れている陸。

 うな垂れる。

 陸の死角になっている所に大勢の人が。

 その瞬間、声がかかる。

  声  「陸ーー」

 驚き後ろを振り返る陸。

 そして言葉を失う。

 五年四組の生徒ほとんどが集合している。

 その中にはイダセン、米川、夏美、恵子、前田、そして清水の姿も。

 みんな笑顔で陸の方を見ている。

 体が震えて泣きそうになる陸。

  陸  「みんな……」

 〇居酒屋 店内

 ほんのりと暖色系のライトが点いて薄暗い印象の店内。

 大きなテーブルを囲む五年四組の生徒達。

 あまりにも人数が多いため、ほとんど貸切状態になっている。

 テーブルにはすでにセッティングされた豪華な料理と沢山のビール。

 緊迫した空気が流れている。

 一人、立っている陸。

 乾杯の合図を待っているみんなの顔を見渡す。

 何かをかみ締めるようにしっかりと。

 しかし花梨の姿が見えない。

 少し表情が曇る陸。

 真剣な表情のイダセンと目が合う。     

 目で合図を送るイダセン、コクリと頷く陸。

 気にせず話し始める陸。

  陸  「今日はみんな集まってくれて本当にありがとう。 正直誰も来てくれないと思ってた……すぐに乾杯をしたいのは山山なんだけど一旦グラスを置いて、少し俺の話を聞いてくれないか?」

 あたりは静まり返る。

 さらに緊迫した空気。

 真剣な表情で陸を見つめる生徒達。

 ゆっくりとドアが開く。

花 梨  「ごめーん、遅くなっちゃって」

夏 美  「しーっ」

 遅れて入ってくる花梨に静かにするよう合図をする夏美。

 思わず口を押さえる花梨。

 陸は花梨がいる事にまだ気づいてない。

 荷物を下ろし、一人立っている陸を見つける。

 真っ直ぐ陸を見つめる花梨。      

  陸  「みんな……校内学芸会を覚えているよな? 夏にやった五年四組のシンデレラ……そう……俺がぶち壊してしまったシンデレラだ……遅くまで学校に残って何度も何度も練習したよな……最高の思い出を作ろうとみんなで頑張ったよな……けど俺の勝手な行動で劇はまさかの中断……あんなに練習したのに結果を出せず悪い思い出だけが残ってしまった…………俺は自分がしてしまった事の重みにとても耐えれなくて、次第に俺の側から離れていくみんなに何一つ声を掛けれなかった……今さら謝っても許してもらえると思ってない……独り善がりだって分かってる……けど…………自分が許せない……」

 急に土下座をする陸。

 手を突き頭を深々と下げる。

  陸  「本当に…………すいませんでした!!!!」

 陸の声が響く。

 苦悶の表情。

 静かな空気、何も言わない生徒達。

 陸のすぐ後ろから清水が忍び足でやってくる。

 周りにしーっと合図を送りながら、突き出た陸のお尻に勢いよくカンチョーする。

  陸  「……ッツ」

 声なき声をあげ飛び上がる陸。

 すぐ後ろを振り返り、

  陸  「何しやがる清水てめぇ!」

 清水がにやにやと笑っている。

 思わず清水に昔のような態度をとった為、あっとなる陸。

清 水  「その気持ちだけで十分だよ。 それにもうみんな怒ってない。 なぁ、みんな?」

 やさしい笑顔で頷き、陸の方を見つめる生徒達。

 驚いた表情の陸。

 再び清水の方を見る陸。

 真剣な表情で言いにくそうに、

  陸  「なぁ……清水……」

 陸の話を止めるように首を横に振る清水。

 何も言わずに手を軽く握り陸の前に向ける。

 はっと何かに気づき応えるように頷く陸。

 同じようにして清水の手にコツンと当てる。

 照れ臭そうにニコッと笑う陸と清水。

前 田  「おーい幹事! そろそろ乾杯の挨拶してくれよーもう待ちきれないよー」

 それを聞いて笑い出す生徒達。

 ようやくやわらかい空気が流れ始める。

 グラスを持ち、再びその場に立ち上がる陸。

  陸  「あっ、いけね! それじゃあみんなお待たせしましたっ。 最高のクラス、五年四組の再会にかんぱーい!」

一同  「かんぱーい」

 グラスがカンッと当たる音が鳴り、あたりは一斉に騒がしくなる。

          ×           ×           ×

清 水  「その時だよ! 前田が俺の水筒に入ってるお茶をがぶがぶ飲んだんだ。 俺は大丈夫か? って聞いたよ。 そしたらすごく満足した顔で美味しいって言うんだ。 前田ーーあん時のお茶、前の日に水筒を忘れて帰ったから多分腐ってたぞー」

前 田  「何で今頃、暴露するんだよー遅いよっ!」

清 水  「どうだ? 腹痛くならなかったか?」

前 田  「覚えてないよ!」

 前田も清水も顔が赤くなっている。

 みんな酒に酔って楽しんでいる様子。

 その場に立ち上がり大きな声をあげている清水。

清 水  「よーし、じゃあ暴露大会しようぜーーお題は今だから言えるあの頃の事!」

 何やらがやがやと盛り上がっている。

 みんなそれぞれ席を移動した為、取り残されている陸。

 一人でビールを飲んでいる。

恵 子  「隣いいかしら?」

  陸  「おぉ、恵子か? どうぞ」

 陸の隣に座る恵子。

恵 子  「イダセンに聞いたの。 あの絵本はあなたが描いたって事。 本当に感謝しているわ。 弟を救ってくれてありがとう……」

  陸  「俺は何もしてない……それよりあの絵本はそこまで明るいような物語じゃなかったと思うんだ……なのにどうしてだろう?」

恵 子  「多分、どこかあの子なりに自分の心境と重なる部分があったんじゃないかしら」 

  陸  「そっか……」

  陸  「ってかお礼を言うのはこっちの方だ。 お前に黒魔術を……」

 はっとなり何かを思い出そうとする陸。

 首をかしげながら、

  陸  「俺、お前に黒魔術を教えてもらったよな? その後、黒魔術を何かに使ったってのは覚えてるんだけど、その何かが思い出せないんだ・・・・・・恵子、お前は覚えてないか?」

恵 子  「えぇ……確かに黒魔術は教えたけど……何でだったかしら?」

 考え込んでいる恵子。

 諦めたように、にこっと笑って、

恵 子  「もういいじゃない。 ここにあるのは今だけよ」

 わいわい盛り上がってる方に視線を向ける恵子。

 立ち上がって大きな声で話している米川。

米 川  「実はイダセンのバイクに勝手に乗ったり、叩いたりしてたのは僕です。 すいません!」

 イダセン、笑いながら、

イダセン 「米川ーー罰としてお前が社長になったら先生に高級なバイクを買う事。これ絶対な」

 生徒達の笑い声が響く。

 みんな満面の笑みで、懐かしさに浸っている。

 その光景を見て自然と笑顔になる陸。

  陸  「そうだな」

 恵子と陸が話している様子を見ている、花梨と夏美。

夏 美  「ほらっ花梨、まだ陸と話してないんでしょ」

花 梨  「いや何か恵子と話してるみたいだし、また後で……」

夏 美  「いいから行ってきなさいっ!」

 花梨をどんっと後ろから突き飛ばす夏美。

 わっとなり陸の席の側まで近づいてしまう。

 とっさに恵子と目が合う花梨。

 ふーっと一息つく恵子。

恵 子  「どうやら私はお邪魔みたいね……そろそろ失礼するわ」

 席を立ち上がりすたすたと戻っていく。

 その先には、その場に突っ立っている花梨が。

 恵子、すれ違い際に小さな声でぼそっと、

恵 子  「頑張ってね……シンデレラ」

 一瞬、驚くがすぐに笑顔になる花梨。

 ゆっくりと陸の席に向かっていく。

 こちらに向かってくる花梨に気がつく陸。

 驚き固まっている。

 すぐ側までやってきて陸に声をかける花梨。

花 梨  「久しぶり……」

  陸  「あぁ、久しぶり……来てくれたんだな……」

花 梨  「うんっ……あっ、隣いい?」

 ほんのりと漂う香水の匂い。

 髪は最後に見た小学生の時より、かなり伸びて少し茶色味がかかっている。

 顔はよく見たら分かるぐらいのメイクがうっすらとされていて、どこか大人びた印象を受ける。

  陸  「何か……変わったな」

花 梨  「そうかな? 自分では全然分からないや。 私は陸のほうが変わった気がする」

  陸  「変わって……いや……」

 言うのを途中でやめて、急に真剣な表情になる陸。

 何かを考えている様子。

 次第に笑みを浮かべ、

  陸  「少し変わったのかもな」

 陸の目を見ながらうんうん頷いている花梨。

花 梨  「そうなんだ……今は何してるの?」

 何も迷いがないような自信に満ちた表情の陸。      

 少年のように生き生きと瞳を輝かせて一言。

  陸  「絵本作家だよ」

      ――つづく――

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